ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

思い返せばターニングポイント

そう思うときがいつか来るかも知れない、今なのかもしれないね。

面白い。

例えば明治維新、幕末、歴史上に思いをいたせばこの時代が日本のターニングポイントだったのかも知れないから高杉晋作だの、坂本龍馬だの新選組だのって注目されるわけだよね。

つい最近のあの大戦争も同じだ。と思うのだ。

だからね、これからなんだよ。

もちろんその流れの中で生まれて流れが変わらないうちに死んでいく人間もいるのだと思うのだけれど、その狭間にちょうどハマって変わっていく様を見ることができる時代に生まれたことの良否は個人で考えるしかないだろうと思うけれど、私は《良》の方なのだよ。

「2012」って映画があったでしょ?
あれの最初の噴火で「きた~~~」みたいな感じのちょっと頭のおかしい個人運営なのかなラジオの実況放送を最後までやっていたおじさんいるじゃない。あれけっこう好きなんだよ。

あとね、最初に大崩壊を発見したインドかどっかの学者さん?が本当は生き残るためのチケットを手に入れていたのにその迎えが来なかったがために家族とともに洪水に飲み込まれていく科学者?あれも好きだなぁ、なんちゅうか「そういうもんだ」っていうかね・・・

あとチベットの高僧のおじさん、弟子かな、最後にトラックを与えて逃げなさい。って言う場面、私はどっちになりたいか? って映画を観ていて考えることが多いのさ。

人って言うのはもしかしたら、どんな時代に生まれようともその人なりのターニングポイントがあるのかもしれないよ。

そういうように出来上がっているのかもよ。

まぁ、あの世とかこの世って言い方でも良いんですけどね。
(あんまりあの世の話を絡めたくない自分もいたりして、この世で起こることはこの世でしか解決できないものなのだろう? そう思いたい。)

いまこの時代ならではのポイントってのもあるのかも、、、もしかして、いまでしょ。

本当はね、そんなことも関係なく自分の人生を生きて、寿命が来たら死んでいく。それが普通なのかもしれないけれど、でも、そんな時代のうねりみたいなものを傍らに眺めながら同時に自分の生きざま、かな。探しながらどこまで生きれるか? もう一つなんかの要因が重なっている時代ってのもなんか面白いのでありますよ。

ちょっと言っていること分かんないかもね。

しゃあねえさ。酔っぱらいだからね。そんな時間だよ。

そう、ただの酔っぱらいのつぶやきだとでも考えておくれよ。

まぁ、またね。

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

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