ひとり親やもめの未来像

やっぱり歴史。

あれからだいぶ経ったけれど、やもめになって、それなりの社会的な行事?義務?なんかをこなしてしまうとやっぱり独りというのは時間を持て余すもので、どうしても他のことに興味や関心が移っていくもので、身の回りのことであれば、子供たちの将来が心配にもなってくる。
そうそう、この年になってくると、まだ見ぬ孫の未来まで・・・

いま生きている人間は何らかの形で未来に何かを渡しているものだ、と筆者思うのだ。
それは子供がいてもいなくてもだ。とも思うけれど、もっとも分かりやすい身近な家族で想像することが簡単で良い。

誰にでもどんな人にでも先祖や血の系譜はあるわけで、ある日突然ポコンと生まれてきたわけではないのだ。

脳天気なままで時代はこのまま変わらずにいるものだ。となんとなく思い込んでいるうち、つまり《知らないままでいる》分には不安も七にもなかったのだけれど、一定程度「あら、この世は意外と適当で理不尽で・・・」その辺りを理解してくると心配と不安の方により多くの気がかりが湧いてくるものだな。

今さらながら教育って大切、過去に起こったことをできるだけ正確に覚えることも大事。そんなふうに思うようになった。

もともと、本が好きで小学校低学年のころから図書館に入り浸っていた劣等少年としては、改めて、世の中の過去と現在の「本当のところ」を知っておかねば子供たちの未来のことも予測できんだろうよ。

そう思いなおすようになってきたものです。

そこで、《やもめのモアイ》なりの学習をし、改めて学びなおすことにしたもので過去に仕入れた知識を整理しながら、近現代史の本当のところはどこにあるのか?未来はどうなっていくのだろう?

自分がいなくなった後の世界は?

そんな話を綴々(つらつら)とメモっておきたい。

それがこのカテゴリでありんす。

ま、お気楽に・・・

現代のことなどは酔っぱらって書くときがあって、手ひどい言い方をしてしまうときがあるのですけど、それでもできるだけ個人批判はいたしませんよ。冷めてから読み直して慌てて書き直すことは、、、あります。

ではまた

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする