ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

「日本を取り戻す」の真意が徐々に理解されてきた

安倍総理が総理大臣になるときにそう言った。

のんびり屋の日本人は、最初のうちは何となくボヤーとして印象だったけれどその真意の言葉の意味が少しずつ分かってきたんだよ。

「安倍晋三記念小学校」は朝日新聞が「煽った」 麻生太郎氏、森友問題で指摘
麻生太郎財務相は24日の閣議後の記者会見で、学校法人「森友学園」(大阪市)が開校を目指した小学校の「設置趣意書」に、朝日新聞などが可能性を指摘していた「安倍晋三&

その犯人の首領はどの辺にいるのか?

その姿も鮮明になってきたんだ。

本当に平和を願うなら誰と闘う覚悟を決めるべきなのか?

ペンは剣よりも強し」とはよく言ったもので、剣を抜くことを禁じられたまま数十年たってその力は逆転しているのだ。

彼らはいま、まるで被害者のように装いながらも正体を現しつつある。偽装が壊れてきてもいるのだろう。そのうちかなぐり捨てて仲間を結集し日本国民に物理的な攻撃を始めるかもしれない。

もしかしたら外から呼び込もうとするかもしれない。

おそらく、公安の仕事量はかつてないほどの激務になっているのかもしれない。

そういう危ない人たちだ。

あの漁船衝突事件で気が付いていて以来ずっと心配だ。

ある日突然起こるわけじゃない、物事は徐々に徐々に収れんされていくのだろう。

いまののんびりした日本人(特に筆者? (笑))の不得意とするところだね。

だからあぶない。

のんびりしていたらいつの間にか・・・

いつものごとく煽るつもりはないけれど、いまの国会での野党の姿と一部マスコミの気が狂ったような主張をよくよく視ることだ。

なにか、どこかの彼らにそっくりだよね。

そんな、《どこかの彼ら》はもういいの、だんだん離れていき最後は決別することになるのだと思うのです。勝手に予測ですけれど、情勢を考えてみるとそこに落ち着くのです。

そうなるのであれば、我々の国、日本の再構築のための前哨戦、今のうちに国内を少し綺麗にしておきたいものだ。

それがいま、なのだとモアイは思う。

その辺が「本当のところ」なのだろう、とも思う。

日本人よ。

頑張ろうぜ!

ではまた。

《あとがき》

毎日寒いね。

死別直後~1年以上かかること

身近な人を亡くしたとき私たちは、もうあの人がいないこと隣にいてくれないことに疑問を抱きます。

それは大切だったはずのあの人が亡くなった直後から1年で済めばまだ良い方ではないだろうか? 人によっては数年、場合によっては十数年かかるのかもしれません。

それどころか男女差はありますが、死去直後から1年以内に遺族として生きのこった夫婦の一方も、あとを追うように亡くなっていくケースが多いのだそうです。

《やもめのモアイ》も実体験したことがあります。(どこかに書きました)その数年間には「もういいかな・・・」と思ったことはります。身体の変調で「もうヤバいのかも・・・」と感じたこともあります。

この辺から、「この世には、なにかある?」「人間の魂や心にもなにか・・・」と本気で興味を持ち出したことも事実です。

 

《やもめのモアイ》はそう考えます。

 

そんな時に読み漁った本です。(Amazonにリンクしています)

その他、死別を体験したときに参考になるかもしれない知恵を探しているとき、

なかなか解決できない疑問と罪悪感で苦しいときに読んだ本

 

このブログでは、つい最近まで傍らに寄り添っていてくれたあの人、夫や妻を亡くした方への心、魂に平安な日々が訪れるその日まで、様々な筆者なりの死別という人生で最大の悲しいできごとを考察しつつ書き綴っていきます。(《やもめのモアイ》より)

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いま《やもめのモアイ》はここ熟々3にいます。