ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

【日本人を怒らせたツケ】「私はこう思う」と言える人

誰々ちゃんが言っている

どこどこの国では・・・

これはあまりよくないな、と考えている。

政治家にしても「新聞によると」「雑誌によると」という質問しかできない者の政治力のお里が知れるよ。と。

ただでさえマスコミの取材手法にメスが入ろうとしているときに「なんて根拠の弱い情報源なんだ」と周りに思われるだけで、その能力をも疑われる。

だから、見解が弱いんだよな。

その情報源から、どのように疑問を呈し、予想し、予測して解決策を提示できるかどうか?が政治家のありようじゃないかなぁ。

そう実践している人への信頼感が凄まじい。と思う。

そういう時代だよ。

とMoaiごときは、そう思います。(笑)

ではまた。

では~。

死別直後~1年以上かかること

身近な人を亡くしたとき私たちは、もうあの人がいないこと隣にいてくれないことに疑問を抱きます。

それは大切だったはずのあの人が亡くなった直後から1年で済めばまだ良い方ではないだろうか? 人によっては数年、場合によっては十数年かかるのかもしれません。

それどころか男女差はありますが、死去直後から1年以内に遺族として生きのこった夫婦の一方も、あとを追うように亡くなっていくケースが多いのだそうです。

《やもめのモアイ》も実体験したことがあります。(どこかに書きました)その数年間には「もういいかな・・・」と思ったことはります。身体の変調で「もうヤバいのかも・・・」と感じたこともあります。

この辺から、「この世には、なにかある?」「人間の魂や心にもなにか・・・」と本気で興味を持ち出したことも事実です。

 

《やもめのモアイ》はそう考えます。

 

そんな時に読み漁った本です。(Amazonにリンクしています)

その他、死別を体験したときに参考になるかもしれない知恵を探しているとき、

なかなか解決できない疑問と罪悪感で苦しいときに読んだ本

 

このブログでは、つい最近まで傍らに寄り添っていてくれたあの人、夫や妻を亡くした方への心、魂に平安な日々が訪れるその日まで、様々な筆者なりの死別という人生で最大の悲しいできごとを考察しつつ書き綴っていきます。(《やもめのモアイ》より)

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※もし、あなたの心に平安が訪れたのなら、筆者にとっても幸いです。

そっとお知らせしておきます。
いま《やもめのモアイ》はここ熟々3にいます。