何回か書いている暴走車の事故事件

 

急いで免許返納しなくてもだよ。日常的に運転するのではなく、今日の自分の体調とか気持ちとか評価できる判断力が残っていればまだいいのだけど「慣れ」というものは怖いのだなぁ。

 

先日テレビで観た。たくさんあるのだね。

暴走車に娘を殺された居酒屋を経営していたお父さんの話。

彼はその日から店を開けなくなって閉店撤退した。

その日は娘の誕生日2日前のことだったそうで・・・

民事裁判の途中で加害者が死亡してしまい裁判の行方がどうなるのか?って悲しい事件の顛末を偶然お父さん御本人にインタビューしたって、、、

あれって本当に偶然なの、「家ついていっていいですか?」で出会うものなのかな・・・ってさ、そこのところを追求したいわけではないのだ。いや偶然だとすれば、なんか凄いなって、色んな人がいるなぁ。って。

 

引き込まれてしまって他人事ではなくなってしまい、、、

 

 

 

「池袋の事故」で思うこと「運転免許証を更新する限界年齢」が法律化されるのだろうね
昔、若かりし頃住んでいた池袋、毎晩添い寝をしてくれるお相手が違っていて、なんか懐かしい思いがね・・・・・・・・(・・・でごまかしておきたい(笑)もね・・・)住んでいたのがちょうどあの辺だったのだ。だからすぐに分かった。結局...

 

この事件もね、先日警察に出頭するニュースが流れていたけれど、あれはあれで哀れだよ。あんな状態でも運転してしまう意識?心? 

家族も後悔だな。「早く辞めさせていれば・・・」ってな。その人本人の責任だって言ってもよ、もう晩節だよ。取り戻せないんだよ。失礼ながら、たぶん残りの人生だってさっきの番組と同じようになっちゃうだろうな。

なんか切ないと言うか、なんで? って疑問符ばかりが飛び交って・・・

 

私だったら「申し訳ない、もうこれにて、、、」ってなりそうでね。想像してしまう。

沈黙できない日本人

固定観念を外して「人生いろいろあるし・・・」と考えると思考内容にも柔軟性が出てくるように思います。

有機脳硬化症を発症しないように・・・常識も非常識も日々変化していくもので、昨今また喋りたくなってきた日本人です。

この場所で、週休5日で、書捨てる
《やもめのモアイ》

ムクムクと、ときに書かずに、いられない

〈第3段階・自問自答〉からさらに飛躍する
ここは〈死別の第3段階〉前半として書いています。 今まで(死別前)には考えてこなかった。人生といいますか。そういったものを改めて考えてみるカテゴリーです。 続きの

〈死別の第3段階・飛躍〉は一種の人生の開放でもう一度、残りの人生に向かう覚悟が出来てから・・・が良いと考えまして別なブログに書いてますが筆者は私《やもめのモアイ》です。

世の中見聞録・やもおの学習帳
やもめのまんま つらつらと・・・