やっぱりモメてるの? 「空母いぶき」

あれからちょっと注目していた。

空母いぶき

 

ここの後半に書いていたので注目していたのだ。

書きっぱなしは良くないかな、と思ったので

【日本と露】戦争しないと取り戻せない・・・そのとおりだな。+空母いぶき
ここのところ嵐のまえの静けさのような気がしてしまって・・・そうそう、台風の直前に外出したくなるような子供だった私としては喋りたくなるのだ。喋る相手がいない寂しい人生なものだから書くのだ。ぷぷぷ♪空母いぶきのその後、追記しました...

 

映画の番宣がすごかった。

でも、話題のあの役者さんは筆者が見た限りではあるけれど番宣にも姿を見ることがなかった、予告的な動画CMにも出演シーンが一切なかった。

「こりゃぁ、かなり問題視しているのでは?」と思った。

 

そしたら映画のプロディーサーだかが「この映画を作るまでの思い」のようなものを語っているニュースがネットで流れ出した。

 

筆者個人の考えだけれど、もっとも発言権を持っているのはその物語を考え出した原作者、だと思う。

その方が「話が違う」というのであれば違うのだろう。と考える。

良い、というのなら良いのだ。

 

だから、煽るつもりもないけれど注目はしている。

原作者さんがどう考えているのか? に関心が湧く。

 

 

それなりの知名度を持つはずの役者、物議を醸し出した役者が番宣にも出てこない予告編動画からもカットされている。

それなりにモメているのかな?

そういう社会なの?

臭いものにはフタ?

ほとぼりが冷めるまでは・・・?

 

(忘れない! 忘れないってば!! )

 

そう考えるのは当然かもね。

ただ、いくら隠しても一時的に見えなくしても、あの発言問題は原作を好きな人から言わせれば忘れない。

 

彼を忘れない。

 

問題をこのままなし崩しに消そうとも、私は忘れない。ケチが付いてしまった映画として記憶することになるさ。

 

そうあのプロメテウスの吹き替えと同じ、その後の行動も(面白かったけど・・・)「あぁ、人ってそういうバカなことにもなるもんなんだなぁ・・・・・・・恥ずかし」

 

とちょっと過去の記憶と繋がって感じたので書いておきたい。

 

 

すまない、いつも好き勝手に怖いもの知らずで書いている。

でも、辞めない。

本気で怖いものが少なくなっているのだ。

だからといって、最近の事件、あんな人生捨てっぱなしの道連れ事件のような馬鹿な行動は絶対しないから安心しておくれよ。あれはもう人ではないのだ。私は人としての最期を迎えるつもりだ。

 

ではまた

沈黙できない日本人

固定観念を外して「人生いろいろあるし・・・」と考えると思考内容にも柔軟性が出てくるように思います。

有機脳硬化症を発症しないように・・・常識も非常識も日々変化していくもので、昨今また喋りたくなってきた日本人です。

この場所で、週休5日で、書捨てる
《やもめのモアイ》

ムクムクと、ときに書かずに、いられない

〈第3段階・自問自答〉からさらに飛躍する
ここは〈死別の第3段階〉前半として書いています。 今まで(死別前)には考えてこなかった。人生といいますか。そういったものを改めて考えてみるカテゴリーです。 続きの

〈死別の第3段階・飛躍〉は一種の人生の開放でもう一度、残りの人生に向かう覚悟が出来てから・・・が良いと考えまして別なブログに書いてますが筆者は私《やもめのモアイ》です。

エンタメ感想文(小説・映画)世の中見聞録・やもおの学習帳
やもめのまんま つらつらと・・・