ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

「立憲」ってどんな意味?

朝方書いた記事を読み直していてふと疑問に思った。

立憲民主党の「立憲」ってどういう意味?

憲法に依って立つ党、ということ?

ちょっと検索してみると《立憲 意味》こうなる。

憲法を制定すること、が一番上にでてくる。

言葉と言うものは時代とともにその意味も変えていくから、いまはもしかして立憲というのは、「この憲法はどんなことをしてでも守り抜く」という意味に変わってきたのかもしれないね。

でも、それなら最初から「超護憲民主党」にでもすれば良かったのにその方が旗幟鮮明になって良いと思うのだけどなぁ、分かりやすいし、「我々はこの憲法をどんなことをしてでも朋友のために守り抜く!日本人は黙って従え!この憲法を護るためなら日本人喜んで死ね!」と赤い旗に書いてカッコイイポスターでも作ればもっと人気出たんじゃないかなぁ・・・

なんか立憲って中途半端な気がするなぁ。

いま現在、依って立つところの憲法を守る・・・ってことかな。

人ってのは完全な存在ではないわけで、

筆者は、人類は(当然、私を含めて)お猿さんとそれほど変わらんだろうよと思っている。だから間違いもするし、悪いこともするし、故意に人を貶めることにしか頭が回らないお猿さんだってでてくるわけだ。いろんなお猿さんがいるんだよ。だからこの世は面白い、勝った負けただけが人生さ!ってなっちゃってるお猿さん、どこどこ山(学歴、履歴)の出身ですってお猿さんは本当のところの議論とかにはめっぽう弱くて逃げ回る足だけは速かったりしてね。あはは!

それに、その時代、時代で常識だって変わっていくわけで、

現実と法律の整合性が取れなくなってくる時代だってあるわけだ。

憲法というのも法律でしょ確かに国家の最上位に位置する法律でしょ? でもそれさえも時代に合わなくなってきたことを日本国民が理解しつつあるわけですよ。

そうなってきたからこそ改憲しますか? って議題が持ち上がってくるわけで、その立場によって世界情勢を正確に俯瞰、把握できているであろう政府は、おそらくこちらが正しい道筋であろうと見ることのできる舵取りであるはずの政府が言い始めたことならば、訊いてやらずばなるまい!! くらいの度量?というか判断力? 肚を持つ?そんな野党が必要なのさ。

なんとかの会みたいなただ護ってればいいんだ餓鬼ども!!!みたいな人々と一緒に死にたくはないよ。って話。

だから民主党→民進党→立憲民主党・希望の党・無所属つまり全部元民主党勢力に希望もなにも感じない。

だいたい希望の党なんてもう乗っ取られたじゃない、小池都知事って何してたの?もう負けたから知らな~~~い、では済まされないでしょうに、おそらくこの方がトップに立つ日はもう来ないと思うなぁ。(あ、名前出しちゃったけどいいか公人だしね。)

ではまたね。

言いたいこと書きました。

《あとがき》

《やもめのモアイ》はね、つまらないところでつまらないケンカ、争いはしたくないのよ。

疲れるだけだし・・・

残り少ない生命力は大事にして平均寿命よりはだいぶ手前だけれどあと10年くらいはもたせて見届けたいことがあるのさ。

だから誹謗中傷はできるだけ書かない。酔っぱらったときは危険だけれど、なんとか皮肉程度にすませたいのさ。

やっぱ今日寒い、ドテラ出す。ベランダドテラ1号

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

大河に一滴

《大河に一滴》を初めて読んだそのあとに♪

本当はこのテーマだけでひとつのサイトを形成できる。と考えているモアイですが、いまはもう少しここに間借りさせていただきますよ。

もう一つの案件が落ち着くまでなのです。


ちっとは子供たちに良い世界を遺してやろうぜ!

そういうことだ。哀しみはもう十分だ。

誰が汚したのか、どの世代がやっちまったのか?そんなことはどうでも良い。我々がいなくなった世界が少しでも、ちょっとでもいいから気持ちの良い時代になるようにしていくことが、いまを生きて思考し行動できる世代の責任なんじゃないか?って思うのだよ。後世に名なんか残さなくてもいい、今を生きている私が私らしくできることをやって逝く。

来世はあるかもしれない、ないかもしれない。どっちにしてもこの世は今生の1回しか生きられないのだから楽しんで、面白がって、最期まで行ったろ♪

って思うんだよ。

だから、この《大河に一滴》は続けるよ。

この方たちはきっと大河に1万滴も落としてくれているね。

特に「米中激戦」ってトムクランシーの米中開戦を思い出した。「日米開戦」「米朝開戦」もあったりするんだよ。あれもなんかリアルだなぁ戦争ってこうやって起きるのか~って感じたもの。なかなかだ。

そう考えるとね、丹念に冷静に世界情勢を視ている人たちの分析ってすごいと思っているのさ。

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