ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

【質問時間5:5】「身の程知らず」とは何ぞや

「身の程知らず」という言葉の意味は、自らの身分や能力を正確に測ることができずにわきまえた思考ができない人々のこと。

私はそう考えている。

同じ国会議員だから身分は平等であると考えた場合、その身の程知らずの部分は能力的なところということになるわけで、この人々はそっちに分類される。

衆院質問時間「5対5」の自民案を立憲民主党が拒否

私は、この質問時間の問題について何かを考えたとしたら、今までの所業でしか判断できない。人を評価するというより、こういう公職にあるものは特に過去の在りようで判断するしかあるまいよ。

党名が変わろうと、分裂しようとやっていることは、前と変わらないね。

同じことを繰り返すことしかできないの?

国会議員の大先生様はそんなもんなのか?
(ここ数年、「先生」という言葉に疑問どころか欺瞞しか感じられないよ)

与党と対決姿勢しか思いつかないのか?

それしかできないのか?

そんなのをリスペクトしろっていわれても、リンダ困っちゃう(古!)

過去の質問内容、これらの野党の質問内容は日本人としても国民に道理や論理で訴えるのではなく、短絡で幼稚なことこの上ない内容であったこと、国会の中でプラカードを揚げることで、情緒や感情に訴えることで国民を味方につけることしか頭に浮かばないそのやり方には、「この人たちって、本当に日本こと、日本人のことを考えているとは思えない」

ただ国民のバカさ加減を増大させようと、あんな恥ずかしいプラカードだけで国民の印象を操作しようとするその姑息さに頭に浮かぶことは「この人たちは危険だ」という警戒感だけなのだ。

いや、もちろんそれに引っ張られる人も日本人のなかにはいるだろう。薄い関心度で「そんなもんか」と受け入れてしまう人。

いままではたくさんいたのだろうけれど、徐々に変わってきていることをあの先生方にはわからんのだろう。

1億何千万人の日本人の色? また古いかもしれないけれど(古い人間ですから)、あのナウシカのオームの眼が怒りで真っ赤になって猪突猛進、突撃する大集団がナウシカの行動によって徐々に冷静な感情が伝わっていく。どんどん青色に変わり冷静さを取り戻していくあの場面を思い出す。(人類って一種オームと変わりないよね)

ハンガーゲームも同じようなシチュエーションだけど、ちょっとカッコつけすぎ。なんて思ったりしてね。このあいだファイナルっていうからとうとう終わるか?と思ってみたらファイナルのパート1だった。チッ!まだかよ。

もう一つ感じたことはあの戦争に突入してしまった時代はこういう人たちの策謀で引き起こされたのではないのか? との思いが大きくなっていく。

これからも、あの国会でプラカードを揚げてカメラを意識した悲劇的な表情で映ろうとする姑息で嫌らしい手法をとる行為を滑稽としか感じない日本人は増えていく。

《やもめのモアイ》はそう思う。

思い出した。

それに、あの場面の裏では女性議員への暴行事件も起きているわけでしょ?

カ~気持ち悪!!

おかしいだろ?

そんな思いになる日本人は私だけではないはず、どんどん変わっていく。

私自身が変えていくほどの力はないけれど、せめて一滴、大河に一滴を投じてできることをやっていきたい。

だけどね、

あの映画の1シーンではないから、数秒でかわるものではなく数年かかるようなものだと思うから徐々にでしかないのだ。その変化を視ていこうと思ったら長いスパンを覚悟してみるしかない。野党が引き起こす刹那的な問題にばかりとらわれずに数年間の動きで見ていくと良いのだろう。

そう《やもめのモアイ》は思っている。

彼らにとっては今回のこれも一種の攻防戦なのだろうけれど、筆者個人としては所属国会議員の割合で決めることが公平だろうと思う。5:5などと譲る必要もない。自民党とはそんなにまで質問をする自信がないのか?

その意味では自民党も「身の程知らず」なのだろうな。慎重というより臆病、消極的、こんな言葉のほうが合っているようだ。

そういえば選挙が終わってから、いつかある総裁選を意識してか後ろから発砲するような人がまた出てきたね自民党、そんなことばかりやっているから総裁になれないのよ。

何度でも書くのだけれど、現政権は支持しても、そんな変われない自民党を支持などできない。自民党も分裂したら良い。

全部バラバラになってガラガラポンでもやれば?

なんてな。ちっと真面目に書いてしまった、現在25時30分でありました。

ではまた

《あとがき》

今夜寒いですよね、

ベランダにパジャマで出たら、「あ、やばい脳の血管切れるかも?」とジャケットを着てから出ました。そろそろドテラ出さないとね。何十年も前におふくろに作ってもらったやつなんですけどね。私、死んだら棺桶に一緒に入れて貰おうと思っているのです。

本当であれば、去年のあっちに比べれば寒さなんてそれほどではないはずなんですけどね。

こっちは、暑かったり急に寒くなったり、意外とこっちのほうが身体にはきついのかもです。

ま、一つの感傷ですな。アハ!

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

大河に一滴

《大河に一滴》を初めて読んだそのあとに♪

本当はこのテーマだけでひとつのサイトを形成できる。と考えているモアイですが、いまはもう少しここに間借りさせていただきますよ。

もう一つの案件が落ち着くまでなのです。


ちっとは子供たちに良い世界を遺してやろうぜ!

そういうことだ。哀しみはもう十分だ。

誰が汚したのか、どの世代がやっちまったのか?そんなことはどうでも良い。我々がいなくなった世界が少しでも、ちょっとでもいいから気持ちの良い時代になるようにしていくことが、いまを生きて思考し行動できる世代の責任なんじゃないか?って思うのだよ。後世に名なんか残さなくてもいい、今を生きている私が私らしくできることをやって逝く。

来世はあるかもしれない、ないかもしれない。どっちにしてもこの世は今生の1回しか生きられないのだから楽しんで、面白がって、最期まで行ったろ♪

って思うんだよ。

だから、この《大河に一滴》は続けるよ。

この方たちはきっと大河に1万滴も落としてくれているね。

特に「米中激戦」ってトムクランシーの米中開戦を思い出した。「日米開戦」「米朝開戦」もあったりするんだよ。あれもなんかリアルだなぁ戦争ってこうやって起きるのか~って感じたもの。なかなかだ。

そう考えるとね、丹念に冷静に世界情勢を視ている人たちの分析ってすごいと思っているのさ。

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