ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

《選挙の感想》確かに日本人は判官贔屓だと思うよ

今回の選挙でこの言葉を何度か聞いて、「ん?」と考えることになった。

判官贔屓というのは、勝負に負けそうになっているものや、強大な相手に立ち向かう人を応援してしまう心理だ。

今回はこの判官贔屓の相手は一定の出来たばかりの党への応援が多かったという意味で使われているのだけれど、ちょっと違くない?

と思うのだ。

選挙も終わったから書くけれど、この日本に巣食う巨大な相手、世界での日本の弱い立場を変えていこうとする現政権のほうが弱者だと筆者モアイは思うのだ。

確かに一強かもしれない。

しかし、立ち向かっているのは本気で嵩にかかってくる大マスコミ、反日って言葉はあまり使いたくないけれど、少なくとも日本のことはこれっぽちも考えていないらしい野党、、、

モリカケ! モリカケ! モリカケ! って経緯を見ていればなにも問題のないことを大騒ぎする野党、マスコミ。一国の総理をみんなで寄ってたかって袋田叩きにする輩を信用できるわけもなく、ここまでやられてもジッと我慢し続ける総理大臣と政府。

どっちが《判官》に見えるか?

そんな話なのだよ。

「総理! 総理! 総理!」と10回ほども叫びながら、そろそろ反撃してくださいよ。頑張ってよ。という気持ちになる。

それが判官贔屓なのじゃないかいな?

でも一番大きいのは日本人全体の無関心という意識なのかもな。(いまふと思った)

例えばの話、米朝戦争、もしくは朝鮮戦争の再開?になったら(望んではいないよ)一気に目覚めるかもしれないけれど、今現在の状況ではまだまだ足りないのかもしれないなぁ。

戦後の負け犬根性?卑下? そういったものがいまだ蔓延しているように感じる。

それかもしれないね。

だから安倍政権を応援する日本人が多いのだと思うし、応援する若い人が多いのも、訳の分からない言葉でごまかすことのない政権だからだと思うのだ。

ネットのないころの世界は容易だったことも今はその「本当のところ」「本音のところ」がちゃんと見せて分かりやすい言葉で伝えてくれる大人が求められているのではないか?

つまり、都合の悪いことは全部、人の責任に押し付ける、たった一人の総理にすべての責任をかぶせていく野党の幼稚さその方向性に乗っかって嘘でもなんでも喚き散らすマスコミの姿がしっかり見えるのだよ。たぶんね(笑)

違うところを見ている人には、

もう少し長いスパン、もうちょっと高いところから広い視野を持って視て欲しいな。

ただただ新しいだけ、受け入れられないから仕方なく立ち上げた。と言うだけの党であって、実際に希望の党と当選数もそんなに変わらないではないか。

今回の選挙騒ぎで良かったことは、思想の色がある程度鮮明になってきたということ。

思想の住み分けが進んだ。

希望の党で落選した人たちの顔ぶれも元民主が多いのではないだろうか、と勝手に想像しているそのうちでてくるだろうね。

その意味では、立憲民主党さんには、今後もぜひその色をさらに濃くして思想的曖昧さを無くしていってほしいものだ。

もう一つ、マスコミの正体がより鮮明に見えてきて「あれ?」と疑問を抱いた、数年前の私のような日本人が増えたであろう、と予測できることだ。

今までのマスコミは正体をなかなか見せない半透明の妖怪のように、隠れたまま陰から混乱を操ってきた存在なのだ。その本来のおぞましい姿が見えてきた選挙であったなぁ。

もし「ん?」と思った人は、ぜひ、調べてみて欲しい。少しだけ関心をもってGoogleで検索してみて欲しい。

それが今回の選挙でのモアイの感想

良く書くけれど、自民党は支持していない。まだ見えない、盲目的な信頼は寄せない。

支持するのは現政権のみだ。

早くこの日本にとって良い野党が生まれて欲しいと切に願うよ。

ではまたね。

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

大河に一滴

《大河に一滴》を初めて読んだそのあとに♪

本当はこのテーマだけでひとつのサイトを形成できる。と考えているモアイですが、いまはもう少しここに間借りさせていただきますよ。

もう一つの案件が落ち着くまでなのです。


ちっとは子供たちに良い世界を遺してやろうぜ!

そういうことだ。哀しみはもう十分だ。

誰が汚したのか、どの世代がやっちまったのか?そんなことはどうでも良い。我々がいなくなった世界が少しでも、ちょっとでもいいから気持ちの良い時代になるようにしていくことが、いまを生きて思考し行動できる世代の責任なんじゃないか?って思うのだよ。後世に名なんか残さなくてもいい、今を生きている私が私らしくできることをやって逝く。

来世はあるかもしれない、ないかもしれない。どっちにしてもこの世は今生の1回しか生きられないのだから楽しんで、面白がって、最期まで行ったろ♪

って思うんだよ。

だから、この《大河に一滴》は続けるよ。

この方たちはきっと大河に1万滴も落としてくれているね。

特に「米中激戦」ってトムクランシーの米中開戦を思い出した。「日米開戦」「米朝開戦」もあったりするんだよ。あれもなんかリアルだなぁ戦争ってこうやって起きるのか~って感じたもの。なかなかだ。

そう考えるとね、丹念に冷静に世界情勢を視ている人たちの分析ってすごいと思っているのさ。

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