脱しなければお付き合いできません「やもめの再婚には枷がある、縛りがある、壁もある」

「脱する」という言葉は違うかもしれないけれど、男にしても女にしても《やもめ》という立場に居続けると、たとえば「あなたもまだ若いんだから」と再婚の縁談を持ち込まれてもその気にはならない。

「脱する」は合わないかもしれない「納得」が必要なんだよね。

納得が良いかもしれない。

【亡くしたもの】というのは???ばかりの時間を過ごしてしまうもので、「なんで、どうして?」その応え? 自分なりの応え?つまり《納得》できたときに次の人生を求めても良いかもな?

と思えるようになるのじゃないかな。

そこで、「なんか面倒くさいから紹介しなくても」と思われても、それで構わないのだ。

「結構でございます」ってことなのだ。

そんなふうに思うよ。

だからあなたは、理解してくれていない人に無理に付き合う必要はないんだよ。
義理とかシガラミとかね。
そんなことよりもっと大切なことに気が付く方が貴重だ、と《やもめのモアイ》はそう考えるよ。

ではまたね。

さ、朝風呂入ろうかな、お湯入れるのが・・・シャワーでいいかな。

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

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