《樹木希林さんの訃報から》せっかく同じこの世に生まれてきたんだから・・・君たちもな

あの世もこの世も不可思議だ

「“樹木希林”を生きる」というNHKを観ていました。

 

なんだろうなぁ、、、

 

見事な生き方をした人なんだなぁ・・・って

 

「身体を使い切る」

そんなキーワードを知りました。

なんか末期の癌なのにあまり痛み止めを使わないとか。

せっかく頂いた身体なのだからボロ雑巾のようになるまでなどとは考えていないけれど、せめてちゃんと使い切ってあげたい。というようなことらしいです。

 

 

 

あのご主人とのエピソードをときに耳して、面白い人だなぁというという感想?からその死生観まで影響を受けたこと、自分なりに「あ、やっぱりそれでいいじゃん」と再確認をすることができて、ますます魅力を感じました。

 

飄々と生きて淡々と死んで逝った人。

そんな感想です。

 

私も妻の癌から様々に考えつつ思い迷いながら生きてきたわけだけれど、この方のように見事な生き方とその最期の締めを造りだせるかな?

番組の最後の方で浅田美代子さんの話になって正確ではないけれど「せっかくこの世で一緒の時間を生きているのだから生きているうちになんとかしてあげたい」のような意味のことをおっしゃっていて、筆者としては「人の死に際はかくあるべし」ですな。

などと想いました。

 

と書いているところにニャンコが来ましてな。

ここ数日、こっちの子が脚に絡みついてくるのです。

立っていると足の小指外側に頭を擦り付けてゴロンとなるわけです。

にゃーにゃーしながらね。

なにか欲しいものがあるのかいな?

飲水やトイレなんかも確認しても別に変わりはなくて、何を求めているのか? さっぱりなわけですけれど、身体を撫でてやるとノビノビーとするので、それでいいのかな?としているわけなんですけども、ふと思いました。

 

もう1匹とともに、この子達もせっかく私がまだ生きている世界にやってきて縁あって一緒に暮らしているのだから、せいぜいできるだけ可愛がって好きなように生きていけるよう面倒を見てやろうかいな。

 

で、さらに、爺にとっての孫というものも、そういう存在なのではないかな。

と浮かんできましてな。

 

彼女が言っていました。

 

 

「私は孫が生まれたら思いっきり可愛がって甘やかすんだ。そのことを子供夫婦が文句をつけてきたら・・・」

 

「それは親の責任だ!と宣言してやるんだ」

 

ってね。

彼女は、いつかその親になるであろう子どもたちがまだ小学生のときに逝っちゃったわけですけどね。

 

 

ではまたね。

そうそう写真ですね、だから私は彼女と違って、こんな爺になるぐらいまでは実践してやろう。と思っとるわけでございますよ。(あと30年くらいかな?)

猫の写真、あまり撮らないのです。こうやって書こうとしたときに初めて、「あ、ゴロンとしている処を撮っておけばよかった・・・」と後悔するばかりでございます。