死別後に変わってしまったことを一つ

人は想像することができる。

誰でも、「もしもあの人を亡くしたならどうなるか」と頭の中で予測をすることができる。

と思う。

しかし、現実はちょっと違ったようだ。

実際にいなくなってからの自分は想像を超えていた。「事実は小説より奇なり」などと言うわけだけれど、確かだ。

あんなに大きな音がするとは思わなかった。

折れる音、一瞬だけなのだが大きく「バキ!」実際に聞こえたように思う。

そうだなぁ、あれは心が折れた音。心の中で響いたんだよ。

それからがもう想像を超えた世界だった。

「自分は大丈夫」なんて思っていてもその想像を絶する衝撃には手の施しようもない。

あの、死ぬ瞬間、別れの時間をも超えたんだね。

そのときにはまだ哀しみしかなかったから、湿っていた分まだ滑らかだったのかも、その後、枯れはてて乾燥しつくしたことでちょっとした衝撃にも耐えられなかったのかも・・・

そんなふうに思っている。

だから、枯れんなよ。

じゃあまたな。

あとがきとして書くけれど、実は枯れてしまったら、一度折れた方が治りが早いのかも・・・

そうじゃなかったとしても、時間はかかるとしても、前よりも強靭になるのかも、とも最近思うようになった。

こんど、もう少し詳しく書こうかと。

死別直後~1年以上かかること

身近な人を亡くしたとき私たちは、もうあの人がいないこと隣にいてくれないことに疑問を抱きます。

それは大切だったはずのあの人が亡くなった直後から1年で済めばまだ良い方ではないだろうか? 人によっては数年、場合によっては十数年かかるのかもしれません。

それどころか男女差はありますが、死去直後から1年以内に遺族として生きのこった夫婦の一方も、あとを追うように亡くなっていくケースが多いのだそうです。

《やもめのモアイ》も実体験したことがあります。(どこかに書きました)その数年間には「もういいかな・・・」と思ったことはります。身体の変調で「もうヤバいのかも・・・」と感じたこともあります。

この辺から、「この世には、なにかある?」「人間の魂や心にもなにか・・・」と本気で興味を持ち出したことも事実です。

 

《やもめのモアイ》はそう考えます。

 

そんな時に読み漁った本です。(Amazonにリンクしています)

その他、死別を体験したときに参考になるかもしれない知恵を探しているとき、

なかなか解決できない疑問と罪悪感で苦しいときに読んだ本

 

このブログでは、つい最近まで傍らに寄り添っていてくれたあの人、夫や妻を亡くした方への心、魂に平安な日々が訪れるその日まで、様々な筆者なりの死別という人生で最大の悲しいできごとを考察しつつ書き綴っていきます。(《やもめのモアイ》より)

病Cancer Feed

《やもめのモアイ》が体験した病の話

    • 気をつけなはれや!発ガン性物質18/04/23 いまやもめもやまい
      “  大韓航空がまた物議、今度は第1級の発がん性物質で機内を清掃 http://news.livedoor.com/article/detail/14618253/   だそうだ。 第一級って? もとも…”

    • あなたの病人の身体に触れるということ…18/04/23 いまやもめもやまい
      “自分の体験から考えます。   手の平の力って何かある。 人間というのは身体に触れるだけで、何らかの癒やしを体験できものだなぁ、 子供がどこかに身体をぶつけた時に、痛いよ痛いよと泣く。 そんなときにどうしていた?……”

    • お見舞いは、頑張れ、ではなく・・・…18/04/19 いまやもめもやまい
      “確かに私は患者である我妻から聞いたことがあります。   お見舞いに来てくださった方が帰り際、「じゃぁ頑張ってね」 帰ったあと、彼女「これ以上何を頑張れって言うのよ」   社交辞令で言っているのか? そ……”

    • フッ!と気が抜ける瞬間に病魔に入り込まれる…18/04/17 いまやもめもやまい
      “そんな気が少ししているモアイであります。   年齢や生活の環境、段階によって人というのは気が抜ける瞬間があってそんな時に病魔に入る込まれるのではないかな? って思うんです。   けっこう心配や不安が最……”

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