やもめが新たな心境に達するために

こういう言葉を見つけました。

「『人は死んでも、心の中で生きている』そう思えるようになったらその死を克服したことになるだろう・・・」

筆者はこう思う。

「あの人は死んだ。確かに亡くなった、この世からはいなくなった。しかし心の中にいて話しかけることができることに気がついた」

「あぁ、いるんだな」と理解できたらおそらくもう大丈夫。

彼(彼女)にいつのまにか話しかけている。

彼女(彼)だったらこう言うな。。。

納得できるようになるよ、いろんなことがね。

あとはあなたの意識次第。

「あのさ、無意識のほうは準備OKだよ」

というお知らせですね。

ではまたね。

けっこう本当のところ、そうなんじゃないかと思ってんです。

みんな、体が死んだあとには誰かの記憶がある限り消滅はしないんじゃないか?

それこそ、量子論から別の次元にとどまっているんじゃないか?

何十年もたって誰の記憶からも消えた時に生まれ変わるのかもねぇ・・・

そんな感じ。

そう思うんです。

死別直後~1年以上かかること

身近な人を亡くしたとき私たちは、もうあの人がいないこと隣にいてくれないことに疑問を抱きます。

それは大切だったはずのあの人が亡くなった直後から1年で済めばまだ良い方ではないだろうか? 人によっては数年、場合によっては十数年かかるのかもしれません。

それどころか男女差はありますが、死去直後から1年以内に遺族として生きのこった夫婦の一方も、あとを追うように亡くなっていくケースが多いのだそうです。

《やもめのモアイ》も実体験したことがあります。(どこかに書きました)その数年間には「もういいかな・・・」と思ったことはります。身体の変調で「もうヤバいのかも・・・」と感じたこともあります。

この辺から、「この世には、なにかある?」「人間の魂や心にもなにか・・・」と本気で興味を持ち出したことも事実です。

 

《やもめのモアイ》はそう考えます。

 

そんな時に読み漁った本です。(Amazonにリンクしています)

その他、死別を体験したときに参考になるかもしれない知恵を探しているとき、

なかなか解決できない疑問と罪悪感で苦しいときに読んだ本

 

このブログでは、つい最近まで傍らに寄り添っていてくれたあの人、夫や妻を亡くした方への心、魂に平安な日々が訪れるその日まで、様々な筆者なりの死別という人生で最大の悲しいできごとを考察しつつ書き綴っていきます。(《やもめのモアイ》より)

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※もし、あなたの心に平安が訪れたのなら、筆者にとっても幸いです。

そっとお知らせしておきます。
いま《やもめのモアイ》はここ熟々3にいます。