ここは、40代前半で妻を亡くした夫のブログ

癌妻追憶

遺されたものの疑問、若すぎな死だったのかな?

若すぎたのかどうかはわからない、世間で「若すぎだ。悲劇だ。可哀想だ」

どうなのだろう?

確かに40代の前半よりは人並みの平均寿命を全うできて80代、90代まで夫婦で生きていられたら、きっと楽しかったに違いないとは思うし、なんで自分には叶わなかったのか?なんて嘆いていた時期もある。

 

「なんで、なんで、どうして? 俺が悪いのか? 何が悪かったんだ、なんの罰だよ」ってことだ。

 

夫婦の一方を亡くし一人遺されたものの疑問だ。この疑問をそのまま何年も何十年も、もしかしたら自分の番が来て死ぬまででも思い続けるかも知れない思いだろう。と筆者はおもうのだ。

 

独り取り残されるということ

同時にだがこの世代で独りに戻る、言ってみれば独身に戻るということはどういうことだ? などと考える。

もし人並みに生きるのであれば、ちょうど人生の半分をきたところ子供だってまだいる。あと10年は必要とされるだろうに、どうしろというのだ? 神様仏様に尋ねたい、もう拘束して監禁して詰問でも尋問でも仕掛けたいくらいの大疑問だ。

「俺にどうしろと言うのだ?」

応えはない。

だから自分でも自ら考え出すしかないのだな。

納得のいく答えを自分の中から引きずり出すのだ。時間がかかるだろうが、かかってでもやらないでは済まされなくて・・・

それが死別をするということなのだ。

人はなにかに縋る

そんなときに人はなにか縋る。神様仏様、宗教にしがみつくのがもっとも早道だろうけれど、疑問をもってしまったものは、自分で探すしかないのだ。

だからこのブログができたのかもしれない。

いってみれば筆者はこのブログに縋っている、と言える。

そのための「やもめの心話」であって、よくよく考えてみれば誰かのために書いているわけではなく、どうやら自分のために、自らの納得のために書いていたように思う。そう思いついたら気持ちが楽になってもっと書けるようになった。

 

つらつらと フケるやもめの 往ける路

つらつらとフケるやもめの活ける路」の「フケる」にはいくつかの意味が込められていてGoogleで「フケる」検索をしてみると良い。それぞれのやもめ道の何段目にいるのかがわかるだろう(半分冗談だけど・・・)最近は「耽る」から「更ける」になってきたように感じて、こんな記事を書く気になったのである。

 

少し怖いものが減ったように感じる

彼女の生前は、怖いもの、注意すべきもの警戒すべきものから彼女たちを護る。そんな意識にばかり囚われていたようにおもうのだ。

亡くなってからは遺された子供たちを今度は独りで守らなければいけないと、シャカリキになっていたようにも思う。彼女たちが大人になって巣立っていってとうとう本当に独りになったことで、「それほど必死にならなくても良かったかも・・・」と祭りのあとのような気分になったりして・・・

 

しかし、そういう守るべきものが少なくなってきたのも原因の一つだろうけれど、なにかこう開放感のようなものを感じるようになったのは数年後のことで子どもたちが全員家からいなくなってから、、、言い方は色々あるけれど、どうでも良くなったのかも知れないなぁ・・・?

なにかこう人として坂を転がり落ちる典型のような数年でもあったのかもしれない。

一つの思想ブログ

そんな日々を送ってからと言うもの、悟ったとかそういうことではないのだけれど、怖いものがなくなった。というより、人間ってこれでいいんじゃないかなぁ? ってね、思うようになったんです。

で、このブログには何を書いていこうか?とずっとブレブレだった内容も少しは統一できるかな・・・と。

 

そんな切りの良い時期だから書くことにしたのだ。

最後は何を書いているのかわからない読みにくいなぁと思いつつまずは書ききってしまおう。

またおいおい書き足していこう。

 

 

ではまた。