脱しなければお付き合いできません「やもめの再婚には枷がある、縛りがある、壁もある」

死別やもめの再婚考

「脱する」という言葉は違うかもしれないけれど、男にしても女にしても《やもめ》という立場に居続けると、たとえば「あなたもまだ若いんだから」と再婚の縁談を持ち込まれてもその気にはならない。

「脱する」は合わないかもしれない「納得」が必要なんだよね。

納得が良いかもしれない。

【亡くしたもの】というのは???ばかりの時間を過ごしてしまうもので、「なんで、どうして?」その応え? 自分なりの応え?つまり《納得》できたときに次の人生を求めても良いかもな?

と思えるようになるのじゃないかな。

そこで、「なんか面倒くさいから紹介しなくても」と思われても、それで構わないのだ。

「結構でございます」ってことなのだ。

そんなふうに思うよ。

だからあなたは、理解してくれていない人に無理に付き合う必要はないんだよ。
義理とかシガラミとかね。
そんなことよりもっと大切なことに気が付く方が貴重だ、と《やもめのモアイ》はそう考えるよ。

ではまたね。

さ、朝風呂入ろうかな、お湯入れるのが・・・シャワーでいいかな。

≪死別やもめのMoai≫が、ここで言いたいこと

死別のやもめは再婚しても良いのか、いけないのか?

ここのところ思うに、死別のやもめが再婚しても良いのか悪いのか?と考えてしまう、その思考そのものがいまだ罪悪感にとらわれている証拠です。

このブログでの「罪悪感」が書いてある記事を読んでみてほしい。

 

ヒトリミの寂しさは年を経るごとに男と女から離れていき、性的な意味ではなく感覚でもなくて、深夜、目が覚めた時にふと伸ばした手に感じる温もりなのではないかな。

Moaiはそう思うのです。

 

その温もりを得るために相手を探すこともあるのでしょう。

 

死別のやもめはいつになったら再婚を考えてもいいの?

 

「よくネット上で散見されるのは死別後何年したら再婚してもよいのか?」という疑問です。

 

《やもめのモアイ》としては3回忌が終わったら良いんじゃね?と思います一周忌だとちょっと、世間が許さないかもなぁ・・・そんな感覚でいます。

ということは、世間の目なんて気にしないのであれば1年以内だってありですよ。

Moaiやもめになってから思うようになったのですが、「世間様はあなたの行く末に責任を持ってくれるわけではない」ということです。

 

ただし、自分の心の中で故人との別離がしっかり整理し終わって様々な後片付けが終わっていたなら、この限りではない。とも考えています。

 

どうぞお元気で・・・

これからの人生、楽しんでいきましょう。

面白がっていきましょう。

 

あなたはそれだけ頑張ったのです。

今のあなたのその思いは、きっとあなたへのご褒美ですよ。

≪死別やもめのMoai≫でした。

 

死別やもめの再婚考
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