ひとり親やもめの未来像

第2段階《復活・再生》故人と心対話(~七回忌)

やっぱり歴史。

あれからだいぶ経ったけれど、やもめになって、それなりの社会的な行事?義務?なんかをこなしてしまうとやっぱり独りというのは時間を持て余すもので、どうしても他のことに興味や関心が移っていくもので、身の回りのことであれば、子供たちの将来が心配にもなってくる。
そうそう、この年になってくると、まだ見ぬ孫の未来まで・・・

 

いま生きている人間は何らかの形で未来に何かを渡しているものだ、と筆者思うのだ。
それは子供がいてもいなくてもだ。とも思うけれど、もっとも分かりやすい身近な家族で想像することが簡単で良い。

誰にでもどんな人にでも先祖や血の系譜はあるわけで、ある日突然ポコンと生まれてきたわけではないのだ。

 

脳天気なままで時代はこのまま変わらずにいるものだ。となんとなく思い込んでいるうち、つまり《知らないままでいる》分には不安も七にもなかったのだけれど、一定程度「あら、この世は意外と適当で理不尽で・・・」その辺りを理解してくると心配と不安の方により多くの気がかりが湧いてくるものだな。

 

今さらながら教育って大切、過去に起こったことをできるだけ正確に覚えることも大事。そんなふうに思うようになった。

もともと、本が好きで小学校低学年のころから図書館に入り浸っていた劣等少年としては、改めて、世の中の過去と現在の「本当のところ」を知っておかねば子供たちの未来のことも予測できんだろうよ。

そう思いなおすようになってきたものです。

 

そこで、《やもめのモアイ》なりの学習をし、改めて学びなおすことにしたもので過去に仕入れた知識を整理しながら、近現代史の本当のところはどこにあるのか?未来はどうなっていくのだろう?

自分がいなくなった後の世界は?

そんな話を綴々(つらつら)とメモっておきたい。

それがこのカテゴリでありんす。

 

ま、お気楽に・・・

 

現代のことなどは酔っぱらって書くときがあって、手ひどい言い方をしてしまうときがあるのですけど、それでもできるだけ個人批判はいたしませんよ。冷めてから読み直して慌てて書き直すことは、、、あります。

 

 

ではまた

 

このブログが初めての方へ

ここは、40歳前半で大切なパートナーとの死別を余儀なくされたやもめのMoaiが 一度は沈んだ沼の底、ほんとうにすべてを無くしました。正直を言いますと「すべて自分で捨てたんです」(そのうちこのブログのどこかで書きます)

それでも、ゆっくりじっくりでもあきらめないで浮上すること。たとえ何歳でも、です。

で、今の管理人Moaiがいるわけです。

 

大切なことはそれは故人があなたに切に望んでいることではないでしょうか

 

あの人がもういない世の中、面白くもなき世の中を、希望を持って、または面白がって楽しんで歩き始めることをあの人が望んいるのです。

そんな筆者の方法、ヒントを読者さんに、、、

 

少しは寡婦寡夫さんのお役に立つかも・・・というか当人の気持ちを一度は体験したであろう者として、今度は少し助ける側に立とうかな、そしたらちょっと嬉しいから、、、そんなブログです。《筆者:死別やもめのMoai》

第2段階《復活・再生》故人と心対話(~七回忌)
つれづれに やもめのまんま つらつらと