亡くした人にしかわからないこと

第1段階《奈落》やもめの心話(死別直後~三回忌)

そう思う。

亡くした人にしかわからない、もう一つ、亡くした人にしか到達できない心境、というものがあるのだろう。

モアイはそう思うのだ。

 

本当は誰にでもその人生の中で、記憶にある誰かを亡くす瞬間があるはずだ。

その人にとってどれほどの人なのか?

そこだろうな。

 

そのことをどう自分の中で感じて、どう考えどう受け止めるか、どう納得するか?

そういうことだと思うよ。

 

若いときはその可能性は少ないから、亡くした人が有名人だったりすれば、幼い感覚でうっぷん晴らしをしてしまうし、中には経験者もいるかもしれない。でも、自分より恵まれていることで嫉妬のような嫉みのような暗い感情で襲いかかってしまう。

心無いコメントを残す。

もちろん老若男女そうでない人もたくさんいる。

とっくに理解している人もいる。

 

筆者なんぞはここ数年のこと。

若いころに気が付けた人がちょっとうらやましい・・・

 

これ気が付けないままだと、いつかご自分に帰ってくる。

私はそう思っている。

 

 

ではまた

 

このブログが初めての方へ

ここは、40歳前半で大切なパートナーとの死別を余儀なくされたやもめのMoaiが 一度は沈んだ沼の底、ほんとうにすべてを無くしました。正直を言いますと「すべて自分で捨てたんです」(そのうちこのブログのどこかで書きます)

それでも、ゆっくりじっくりでもあきらめないで浮上すること。たとえ何歳でも、です。

で、今の管理人Moaiがいるわけです。

 

大切なことはそれは故人があなたに切に望んでいることではないでしょうか

 

あの人がもういない世の中、面白くもなき世の中を、希望を持って、または面白がって楽しんで歩き始めることをあの人が望んいるのです。

そんな筆者の方法、ヒントを読者さんに、、、

 

少しは寡婦寡夫さんのお役に立つかも・・・というか当人の気持ちを一度は体験したであろう者として、今度は少し助ける側に立とうかな、そしたらちょっと嬉しいから、、、そんなブログです。《筆者:死別やもめのMoai》

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