ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

逝く時代、来る世代、これからの世代

「逝く世代」って書くと怒られそうな気がするので時代にしときました。

でも、筆者も同じようなもんですから、持病持ちだしね。いつ逝くかわかりませんからいつ逝くことになっても良いように準備はしておこうとは思うのですけど、それさえもままならずお呼びがかかる場合だってあるわけですからね。(何言ってんだろうか)

なにか久しぶりにニュースを見て「よい傾向」って感じたもんですから書きます。

たまに書くのですが、お年寄り世代の頭の硬さ、思考停止のような批判がちょこちょこ出てきます。

人間、今までの教育や行動の結果、得てきたものを簡単に手放すことは難しいですよね。

いつか気がつける日がきたら良いですね。と言うくらいがせいぜいな《やもめのモアイ》で私もたまたまでしたから「あれ、なんか変だぞ日本」ってね。

【産経・FNN合同世論調査】「麻生太郎財務相辞任不要」世代別でクッキリ 高齢者は58%も若年層は26%
産経新聞社とFNNの合同世論調査で、財務省の事務次官のセクハラ問題を受けた麻生太郎財務相の進退について、「辞任不要」が「辞任すべきだ」をやや上回ったが、年代別で&

でも、これを見ると若い人ほど冷静に世の中を眺めているのかもしれないし、自分たちの時代が来るときのためにじっと力を溜めているのかもな、なんて想像もしちゃったりして、「あぁ大丈夫なんじゃないか」ってそんなふうに思うえるんです。

もちろんお父さん世代もね若者に任せっきりではいけないと思いますよ。

気がついた大人はそこから始めるたら良いのです。一旦気がついたらどこに目標を置くべきか考えられるでしょう?ね、がんばりましょう。

最近の新聞系の統計だのアンケートだのって、これも「なんか変だなぁ」って信用できずにいたのですが、ここはまだ信用できるんじゃないかな、って思ってます。

ではまた。

最近ですな、個々人を批判する気があんまりしなくなりましてな。

一般人だったり有名人、芸能人などなど、罵倒し合ったりしてもあんまりおもしろくない事に気が付きましてね。個々人の課題でしょうからね。どうも自分らしくないなぁ、ってだからこのブログにもあんまり書かないようになっていてご無沙汰でございました。

そうなるとここで書かなくてもいいかな? ってまたぞろそわそわしてきましてな、せっかちじゃないのですけど自分の奥底の方からふつふつと湧き出してくるものだから、どっかに移動するかもです。あとここはちゃんと《やもめのモアイ》として記事を書いていこうかな・・・

死別直後~1年以上かかること

身近な人を亡くしたとき私たちは、もうあの人がいないこと隣にいてくれないことに疑問を抱きます。

それは大切だったはずのあの人が亡くなった直後から1年で済めばまだ良い方ではないだろうか? 人によっては数年、場合によっては十数年かかるのかもしれません。

それどころか男女差はありますが、死去直後から1年以内に遺族として生きのこった夫婦の一方も、あとを追うように亡くなっていくケースが多いのだそうです。

《やもめのモアイ》も実体験したことがあります。(どこかに書きました)その数年間には「もういいかな・・・」と思ったことはります。身体の変調で「もうヤバいのかも・・・」と感じたこともあります。

この辺から、「この世には、なにかある?」「人間の魂や心にもなにか・・・」と本気で興味を持ち出したことも事実です。

 

《やもめのモアイ》はそう考えます。

 

そんな時に読み漁った本です。(Amazonにリンクしています)

その他、死別を体験したときに参考になるかもしれない知恵を探しているとき、

なかなか解決できない疑問と罪悪感で苦しいときに読んだ本

 

このブログでは、つい最近まで傍らに寄り添っていてくれたあの人、夫や妻を亡くした方への心、魂に平安な日々が訪れるその日まで、様々な筆者なりの死別という人生で最大の悲しいできごとを考察しつつ書き綴っていきます。(《やもめのモアイ》より)

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※もし、あなたの心に平安が訪れたのなら、筆者にとっても幸いです。

そっとお知らせしておきます。
いま《やもめのモアイ》はここ熟々3にいます。