ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

【日本人を怒らせたツケ】「私はこう思う」と言える人

誰々ちゃんが言っている

どこどこの国では・・・

これはあまりよくないな、と考えている。

政治家にしても「新聞によると」「雑誌によると」という質問しかできない者の政治力のお里が知れるよ。と。

ただでさえマスコミの取材手法にメスが入ろうとしているときに「なんて根拠の弱い情報源なんだ」と周りに思われるだけで、その能力をも疑われる。

だから、見解が弱いんだよな。

その情報源から、どのように疑問を呈し、予想し、予測して解決策を提示できるかどうか?が政治家のありようじゃないかなぁ。

そう実践している人への信頼感が凄まじい。と思う。

そういう時代だよ。

とMoaiごときは、そう思います。(笑)

ではまた。

では~。

大河に一滴

《大河に一滴》を初めて読んだそのあとに♪

本当はこのテーマだけでひとつのサイトを形成できる。と考えているモアイですが、いまはもう少しここに間借りさせていただきますよ。

もう一つの案件が落ち着くまでなのです。


ちっとは子供たちに良い世界を遺してやろうぜ!

そういうことだ。哀しみはもう十分だ。

誰が汚したのか、どの世代がやっちまったのか?そんなことはどうでも良い。我々がいなくなった世界が少しでも、ちょっとでもいいから気持ちの良い時代になるようにしていくことが、いまを生きて思考し行動できる世代の責任なんじゃないか?って思うのだよ。後世に名なんか残さなくてもいい、今を生きている私が私らしくできることをやって逝く。

来世はあるかもしれない、ないかもしれない。どっちにしてもこの世は今生の1回しか生きられないのだから楽しんで、面白がって、最期まで行ったろ♪

って思うんだよ。

だから、この《大河に一滴》は続けるよ。

この方たちはきっと大河に1万滴も落としてくれているね。

特に「米中激戦」ってトムクランシーの米中開戦を思い出した。「日米開戦」「米朝開戦」もあったりするんだよ。あれもなんかリアルだなぁ戦争ってこうやって起きるのか~って感じたもの。なかなかだ。

そう考えるとね、丹念に冷静に世界情勢を視ている人たちの分析ってすごいと思っているのさ。

なぜ死別したのか?

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。 その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。 その他の死別の本

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