【日本の政治家】「他の野党とは違う、、、かも?と思っていたのに・・・残念」人の意見は真摯に聞きたいものだなぁって・・・

《やもめのモアイ》としては、そうありたいな、、、とたくさんの失敗を繰り返したことで、やっと、やっと、そう思うようになれたのだろうと思うのです。

 

あのセリフを思い出しました。

グレイテストショーマンでレベッカ・ファーガソンが「なにか卑怯者の言葉(セリフ)よ」ってな場面なのです。

私は、「お里が知れるよ」 っとTwitterに書き込みましたね。

どうもここんところのつい数ヶ月で「野党って全部同じじゃね?」と思うようになりました。

先日ですね、久しぶりにTwitterに入りまして、気まぐれです いつものことです。スマホから入ったのは、スマホのあのキーボードっていうんですかね、テキスト入力の指能力? なんかPCのキーボードのスピードが、、、というよりも右腕全体なのですが肩から神経が1本切れてしまったような力が入らない定まらない状態(また別のカテゴリーで話します)が続いていたものですから、リハビリのつもりでスマホは指の練習がてらログインしたのですが、昔、Twitterの当初に感じた《面白さ♪》に再ハマりしたんです。

 

なぜなら、私にとって単にお利口なだけのアホウとかお勉強はできるけどやっぱりアホウと評する人と、こと違い著名人知識人(知恵人)と評価、記憶し、よく見つめている「この人達からは学べる」そんな人々が、ちょうど激論中だったんです。

 

分かる人はわかるでしょうけど、相手はあの国会議員でこちらもまぁ有名な人なのでしょうが、どうもね、言葉使いがとにかく悪くてね。

論争中にどうやら自分のほうが不利!と感じたのかもしれませんけれど、途端に「バカ、バーカ」のように罵り始めたのですね。

 

この国会議員、、、遺憾な。

 

国会でも言葉使いとかで注意されてたりして、「ナントカ決議」とか喰らってた人ですよね。その話をネット番組で武勇談のように嬉々として話し、今後の行動を豪語していたりしていたけれど、、、

ん~後付になりますけれど、そのネット番組を見たり、国会中継を見ていても、「国会議員ってあのくらいじゃないと目立てないのか?」「結局は人気商売?」という感想ばかりだったことを覚えています。

 

そのネット番組もチャンネル登録もしていたけれど最近は見なくなっていて、、、だからなのかな、なにか焦っているの? あの激論。

 

なにかこう釈然としないというか、出るものが出ないというか出さないと言うか・・・まぁ、みんな考え方は違うしね、そう考えれば、優れた考えをもった人と何らかの議論になったとして「なるほど、そう考えるのが正しいかも・・・」と思ったとすればなにをもって、「ば~かば~か、お前の母ちゃん・・・」(これモアイ作のセリフですよ)というような捨てゼリフを吐いて、その後もグズグズグズグズ文句垂れてるって、、、なんなん?

 

人はさ、感情的になり激情に駆られたときに本性が見えちゃうんだよね。(私も経験あるわいな)

 

人気商売の人が言っちゃいかんよ。ってちょくちょく思うんです。

いろんなものを無くすことになるんじゃない? ってね。

今の時代ってオールドメディアが斜陽化、陳腐化して、誰でもその意見を公にしやすくなった分、いままではオールドメディアさえ金の力か権力の力で押さえ込めばどんなことでもできたでしょうけれど、いまは無理なのです。

そういうことを理解できていない今浦島お年寄り?が大炎上するのかもなぁ、個人の感想ですw(モアイもお年寄りです。ただ米軍ネット開放の黎明期から関わっている分・・・)

 

思ったのは、彼は彼で、元親分の旗色が悪かったので助けに入ったのに認識が浅すぎて?

で、返り討ち!

言葉で負けた理論で負けた?

それが悔しいってこと?

分別の分、正論の正はあっちにありましたしね。

と、私個人としては、そう判断します。

 

だからって!!!

駄目でしょ!

それであの捨てゼリフは駄目でしょ!

相手は女性だよ。(それは女性平等に反するなんて言わんでいいよ、なんというか騎士的な考えで言っているのですが・・・)

そんなん、軽蔑されますわよ。

だってそうでしょ例えばたまにYouTubeで、女性が男に殴られていて助けに入る男の動画を見かけたりするとムカつくのと同時に助けに入った男を称賛するでしょうよ。あの感覚です。たぶん男の本能の一つです。

 

まったく・・・

玉が小さいのかケツのあ・・・おっと、失礼、モトイ!!!

 

それは駄目でしょ!!

 

でも、それがTwitterの醍醐味かもね、それこそ「他人の不幸は蜜の味って、通路を挟んで隣りに座っていた人たちが突然、喧嘩をおっぱじめたみたいなね、男が女に押さえつけられて「ば~か、ば~か」とイジケた顔で罵っている・・・構図。

そんなに出来た人間でもないので、天の邪鬼モアイとしても「あ、面白いかも」と耳をそばだてる傍観者の日本人でも良いのかも・・・

 

 

そんなことを思いましてね、「沈黙の日本人」としての《やもめのモアイ》は《傍観のMoai》としてTwitterに行っておりますだ。

 

沈黙できない日本人

固定観念を外して「人生いろいろあるし・・・」と考えると思考内容にも柔軟性が出てくるように思います。

有機脳硬化症を発症しないように・・・常識も非常識も日々変化していくもので、昨今また喋りたくなってきた日本人です。

この場所で、週休5日で、書捨てる
《やもめのモアイ》

ムクムクと、ときに書かずに、いられない

沈黙の日本人
やもめのまんま つらつらと・・・