大新聞がこれなら終りが近いな

沈黙の日本人

 

私はですね、こういうときに使う言葉が思いつかなくなりました

「姑息」=一時のまにあわせ。その場のがれ。

という意味の言葉では間に合わない。

朝日新聞、慰安婦報道取り下げ英文記事で検索回避の設定 指摘受け解除、「作業漏れ」と説明
朝日新聞の慰安婦問題にからむ英語版記事2本がインターネットで検索できないような設定になっていたことが分かった。朝日新聞広報部は産経新聞の取材に対し、「記事を最終…

なんていうのかな、こういう事はネットにある程度精通している人ならば分かることだけれど、これを実際に実行してしまうということは後先を考えずにとにかく今だけ通じれば良い。刹那的な、短絡的な考え?

 

今までの過去もこういうやり方で通用していたのだろう。

時代も常識も変わっていくものだと私でさえ、私ごときでも思うのに大新聞がついていけない・・・

 

おそらくそれなりに偉い人がこの謝罪の言葉を世界に拡める必要はない今だけ!!自分が会社にいる間だけもたせればあとは野となれ山となれ。

だからとにかくその検索回避してやれ!

日本なんてしったことではない!!!

と邪推かもしれないけれど思い浮かんでしまう。

 

そんな考えなのかもしれない。

そんな焼け野原のようになった会社を継がせられる若い人はたまったもんじゃないな。

まえにも書いたけれど《社内クーデター》でも本当に起こるかもね。

 

WordPressブログを運営していると日記みたいな文章だったら検索されなくてもいつも読んでくれる人が気がついてくれればそれでいいや。というときがあってそういうときに使っていたりすることは確かにありますけれど、大新聞がその間違いの訂正でやっているとすれば意図的であり、そこには何らかの軽蔑を表す言葉が当てはまるのでしょうね。

とにかくセコい!

 

何という言葉が良いのだろう?

それらの言葉をこのオールドメディアに使うのも飽いてきたなぁ、、、

汚いことを汚い言葉で罵倒するならばこちらもそれなりの覚悟がいる。

「朱に交われば赤くなる」ってね。もう存在自体を無視したいのです。

同じ土俵に上がりたくない。

 

みんな日本人は身近な人にこのことを伝えることが大切なんだと想います。

この新聞はそういう新聞なんだよ。って。

せめて身近な人には朱に染まってほしくないから。

 

このニュースを読んでそんなことを想いました。

 

ではまたね