ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

自動車運転免許の返納くらい自分で判断しなさい!

また高齢者の事故

正直言うと、コンビニに車が突っ込むくらいそれほど気にしないかもしれない。

またか、ってな。

でもしれは、けが人が出なければ、だ。

保険ですませるだろう。くらいの関心度。

でもさぁ、人をケガさせてしまったら「人生終わりだ」くらいの覚悟で運転してほしい。

70歳が起こした事故で小学生に死傷者が出た。

小学生が一人亡くなった。

先日、目に留まったのは80幾つの老人が、家族が止めるのにも関わらず、またうるさいことを言われないように、家族が気が付かないうち出発しての事故で自転車の高校生かな巻き込まれた事故。

責められても仕方があるまい。とモアイはそう思う。

いつもの通り《やもめのモアイ》の個人的な意見だ。

自動車免許の返納くらい自分で判断しなさいよ

と言いたい。

実はモアイ、いまはほとんど運転しない。

移動するなら電車やバス、タクシーで充分だ。

あとは家族、身内の若いものに運転してもらう。

もうね、運転中の判断力、一瞬の判断を身体に伝えて危機を避ける能力は間違いなく衰えていることは間違いないことを知ったから。

もともとは運転がそれほど下手なわけでもないと思う。

雪の国にいたころなんてのは、街から街への幹線道路を車移動のときにはガチガチ雪路を80~100キロで走っていたにも関わらず今も生きている(笑)

あれは雪質にもよるのだよ。

だから運転には自信がないわけでもない。

それでも衰えはやってくるのだ。

もっとも衰えをよく感じたのは、キーボードのタイピングの遅延。

頭ではもうそのキーを押したつもりでもモニターには反映されていなくて文字変換ができていない・・・哀しい。

キーボードをもっと柔らかいタッチのものに変えようかな、と。

身体の衰えを人類の最新技術で補うのだ!!!  なんてな。

でもさ、それが人生だよ。

男の力も、ブツブツブツ・・・アハ

ただし、東京などの都会での運転はまた違ったものがあることは若いころは生活圏だったので知っていて、自分は都会での運転は下手かも、というより疲れる。体力?いや集中力かな、いまは持たない。ことを知っている。

こっちに来て、「もう運転止めるかな」と思った。

自分の判断でしかないけれど、たぶんだけど、体力消耗しきって死にかかっていたしね。

その持病がきつかったというのもあるけれど、なんとなくそう思うようになって、今では運転なんてしたくない。未練もない、面倒だ。移動手段はいくらでもある。

ちょっとした買い物には自転車で充分だ。そのうち電動自転車? 買うつもりでもっと楽するかな、それにもう1度ホンダカブに乗りたいなぁとは思う。近所の買い物程度でのんびり走る。

たぶん、過去の楽しかった懐かしい記憶のせいだろうけれど、まぁ、カブでトコトコのんびり走っている分には、そんな迷惑かからんだろうし自分から転んでしまえば、なんとかなるんじゃない?そのくらいはコントロールできるんじゃないか? と思えるから。

それでも、何度か乗ってみて行けるかいけないかは自分で判断したい。

分かるよ、彼らだって「まだまだ活ける」と思ったのだろうけれど、その判断が狂っていたがために孫のような年代の人間を死傷させてしまったのだ。

そう、失礼な言い方かも知れないけれど、同年配で事故ならまだ・・・「ふ~ん、まぁそんなこともあるだろうなぁ、それが人生だよ」なんて言っていられるのだけれど、犠牲になるのが若い年代、まだこれから喜怒哀楽な人生を何十年の享受できはずの時間を、もう終わる人間が奪ってしまう。

これは理不尽だ。

それがもしかしたら、自分の身内、これから生まれてくる孫?に起こるかもしれないこと、と考えると身につまされる。

自動車免許の返納をするかしないか

それは、モアイはまだしない。

彼らの年齢になるまではまだ何十年も・・・嘘つきましたぁ、でも十数年は間違いなくあるよ。

返納はしないけれど、運転はしない。

と決めているからだ。

ただし、人生は何が起こるかわからない。それが人生だ。

もしものいざというときの予備的な免罪符のようなものかもしれない。

なんというかもともとだと思うのだけど臆病な人間だから、それに死別をしてから特に1人お親になってから余計に臆病になったかもしれない「もしも・・・」ということは考える。

いざというときの注意力のようなものには自信があったりするけれど、おそらく最高度の臆病さで運転することだろう。と自分を信じている。

気に昇るときには最大限警戒するだろう?

でも、昇り切って安心して降りるときに事故は起こるんだよ。

それにその判断の一助になるようにと国で免許センターの更新時の高齢者用の何かテストみたいなものがあるんじゃないのか?(モアイはまだ受けていないけれど)

それをしっかり受け止めて判断すればいいのに、根拠もない変な自信を持っているのだろうな

「俺は大丈夫!」ってな。

迷惑この上ないのだ。

そう思う。

分かるよ、運転しなかったら生活できない環境というのもあるだろう。

そういう場合でも、市町村はこれから来るべき状況を考えて対策を打ち始めていることだろう。それを待つしかない。

もしくは、家族の協力を得ることを真面目に考えるのだ。

まぁ、そう考えられないから事故るのだろうけどなぁ、

でも、理不尽だぁ・・・

ではまた、好き勝手書いた。

《あとがき》

早くあれだよね、あれ。

完全自動運転が実現してくれればいいんだよ。

そうなれば、自動車を所有することもなくなるかもね。

そうそう、広告を見せられることで自動ロボットの無料タクシーだって実現しているかもしれない・・・(なんか映画であったな・・・アイロボットとかトータルリコールとか?)

まぁ、それまで生きてないか・・・(私も含めなアハハ!)

いまね、凍結路面のニュースを見てるんだけど、あれひどいね。

凍結した通路のその部分ばかりカメラで映して、何人かの人が滑って転ぶのを待ってんだね。良い画が撮れるように。

テレビってひど~~い。と思った。

いま飛ぶように売れているのはタイヤチェーンとスコップかな、雪片付けグッズもね。

スタッドレスタイヤもかな、もう品不足かもな・・・

この記事はここまで♪
さて!
今日も元気で活きてこうぜ

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