「令和」になったから? 栄枯盛衰、新旧交代、過渡期なの? 世の中も、日本も騒がしくなってきた。

 

人の意識というのは、変わるときには一気に変わるのかもしれない。

例え意識していなかったとしても、大事件とか他国との大喧嘩とか改元とか外部からの刺激で、変わるのだろうなぁ。

ここのところ、世の中がいろいろ騒がしいのう。

ここに書き溜めていこうと考えています。

ここには日本国内ね。

他国は別ぺーじにじっくりと・・・

例えば、直近の「吉本の闇営業問題」

あの記者会見を見ていてなにかこう旧態然としている「ごまかしてないですか?」という疑問が湧き上がって来た人がほとんどではないかと思うのでありますが、きっと昔、数年前か十数年前には違和感はあまり持たなかったのではないかとも思うので、人の意識というのは、変わるときには一気に変わるのかもしれない。

芸人のやぶれかぶれ会見?、ただし批判はしない会見

まず始まったの彼らの二人の会見をどう感じたかだと思うのです。

1には、「どうせ辞めるんだから、最後に言いたいことを言わせてもらう」ただし会社の批判は極力しない良くないことをしてしまったのは自分たちなのだから・・・という立場と意思。を感じたこと。

2には、こういう会社では後輩たちも苦労する。だから今後のためにも言わせてもらうよ、という固めた意思。

3には、長年、培ってきた立場を一瞬で失うことになった哀しみの吐露(筆者はここに共感して一緒に泣いた)

 

そしてこういう変化についていけない経営者たち

たぶんたくさんこういう経営者はいるのだろうなぁ、ふんぞり返ってしまう、ちょっと騒ぎになったら、適当にお茶を濁した対応でいいや、という意識。

もう会社を潰してしまい他国の他社に売り渡した経営者もいるんだよなぁ・・・

そこは多分だけど陳腐化した経営方針といえば良いのか単なる老化、老害、居座りなのかはわからないけれど、晩節を汚すとか・・・やはり、引き際が大切なのかなぁ・・・

でこういう義憤なのか激情なのかはわからないけれど、その上の先輩たちが現状を変えるべく動き出した。ところであって、今後の展開に関心が湧くのだ。

こういうところから考えたことだけれどここのところ、いろいろと世の中が騒がしいのう。

反社会的組織って・・・

どうしてこの言葉が使われるようになったのだろう? 疑問だ。

少し昔なら、単純に「犯罪者」とか「暴力団」ではないのだろうか?

正社会と反社会との争いごとのように見せたいのか? 一つの立場を与えてしまっているように思うのだけど、やっぱり斜陽マスコミが始めた言葉使いなのかな?