ここは、40代前半で妻を亡くした夫のブログです。最後にプロフィールのような

「…かも知れない」(Moai's Essay)

なぜ妻が亡くなったのか? なぜ私達夫婦が40代前半で死に別れになったのか?

Moaiはずっと考えておりました。(数年という単位では足りないかも、バカですね)

多分ですけど多くの、ほとんどの死別夫婦の遺された相方が考えることだと思うのです。

ですよね?

 

個人差はあるのでしょうけれど、サラッと次に向かうことのできる人もきっといらっしゃることでしょう。

筆者はそうは行かなくて同じ場所の堂々巡りを繰り返していたものですから何年も経ってしまいました。

 

その分、あっちにぶつかり、こっちで何か訳のわからん重いものを引きずったものですから、

サッカーとかラグビーができるくらいの だだっ広い野原になりましたよ。

(きっとたくさんの草花の芽や種が眠っているのでは? と勝手に思い込んでいますw)

 

いざ閉じていた門をすべて開けてみると、なかなか見通しが良いもので、どこかの誰かに伝えたくて、、、

 

 

あなたの役に立つかたたないか? はわかりませんが筆者と同じような境遇の人にとってヒントにでもなればいいんじゃないかな。

そう考えて書き続けています。

その直後は別のあるブログを運営していたのですが、どうにもどう書けばよいのか今現在、癌と戦っている人その家族にどう伝えたらよいのか分からなくなりまして、で、結果として癌との闘いに勝ったわけではないですし、勝つ方法を考えるのも空しいな、、、
と放置になりました。
(そのブログ、ある年には単独キーワードで検索1位になってましたよ。ちっとだけ自慢w)

癌と闘う方法を書くよりも、もっとうまく付き合う方法。

見つからない勝つための方法、死に至ることが避けられないような末期のがんであるならば、

その死に至るまでに患者本人やその家族がしておきたいことは

あとで、いつのまにか肥大化した大きくて深い後悔に育たないないように方向だけでも示したい。

 

そう実行するためのアドバイスやヒントを書いておこうと思ったのです。

 

ですからこのテキストは「最後の旅」の体験談だけではなく、癌が発見されてからの全てを書き込むつもりなものですから、1冊の本くらいのボリュームになってしまうかもしれませんね。

大変だけど、あの年月の集大成のようなものにしようかと。

 

妻が、最期に望んだ旅がありました。

 

距離にして600キロくらいでしょうか。

元気な人が高速道路を車で休みなく走れば、半日あれば着いてしまう距離かな。

時速100キロで6時間?

 

 

しかし、末期がんでも抗がん剤の治療を続けた妻の身体は死にかけていて、医者が言うには一言「死ぬよ」と、(なぜ、そんなになるまで抗がん剤を続けたの? という医療への疑問? 不信感もあって…)

 

つまりは帰ってこれなくなるよ、と言っているわけですね。

医者はそうです。「よし、行ってきなさい、責任は私が取る」なんて言ってくれるわけないのです。

 

では、どうやって外泊許可を得たのか?

そういう主治医対策なんかもちょっと苦労したもので、その説得方法なんかも書いておきますね。
結論を先に書いておくと、

 

「相手も人間です」

ということです。

ちゃんと話をすることです。

 

 

結果

最期の旅は、無事 実現できました。

その死の2か月ほど前の出来事です。

 

我が家にたどり着いたときには、

とにかくホッとして、生きて帰れた思いってあぁいうもんなのですね。

 

投稿記事として公開していましたが、その旧ブログは完全放置にしたものですから、現在これから旅の計画をしている人にとっても役に立てるよう、いまの状況でも使えるように様々な情報を盛り込んでテキストを書き直してもっと見やすいところに設置してみようかと…。

 

 

こういう話って、緊急性が高いのですよね、その決断をしたら早急に動いて準備を始めないと間に合わないものです。

完成したら、どっかに置いておきましょう。

ひっそりとね(笑)

 

 

その後、死別

なかなか脱することのできない底なし沼に沈んでいくような感覚、とでも言えば合っていますか?

 

たぶん、多くの死別を体験してしまった人たちにとって、大きな大きな疑問なのではないかな。と思うものですから、何かの参考になればと自分の思いだったり考えたことをつらつらと書いておこうかな。

 

その死別を予想してしまった、やもめ候補さんに伝えたいことがある。

《やもめのMoai》がなんで死別したのかというと、癌です。見つかったときにはもう末期になっていて余命も3ヶ月から6ヶ月などと宣告されてしまって、完治の可能性は当然低かったわけです。

 

このcategory「癌妻追憶」(いまはない・放置中)は、

いま現在、夫婦ともに必死で闘っているかも知れないけれど負けつつあることを感じている人へのメッセージのようなもの? 

おそらく、どっちにするか? やるかやらないか? いくかいかないか? ものすごく悩んでいる人、看護人、看病人がいらっしゃることでしょう

 

それが最期を迎えるにあたって何がベストなのか最適なのかをよくよく考えて対処することで、あとあと遺るであろう後悔が少しは楽になるのかもなぁ、と考えるのです。

 

 

「いまここでしなかったことで、後で大きな後悔にならないか?」

そんな疑問。

人間、その心配をし始めたときがもっとも認識しやすいし吸収しやすいのだと思うのです。

 

それに、闘病中にも関わらずこのブログに辿り着いたのであれば、病状とともに死別の覚悟をした上でアクセスしてきた方だと思うからです。(キャンサーノートでは死を前提にした記事はできるだけ避けていたものですから・・・)

 

ここだから言えること。

ぜひ、その後何年も何十年も残るよな大きな後悔、深い傷跡をできるだけ少なくなるようにしてください。

ことは、あなたの決断に掛かっているのです。

 

あともう少しであなたの思い出の中だけでしか生きられなくなるであろう あの人の最期の思い出のために、が最も大きい理由なのですが…

 

 

そういういまだ途中、の人ならなおさら読んで欲しい。

 

まぁ、ここを訪れる方には、「もう終わった話」ですもんね。 

まぁ、もういいかなぁ・・・(ひとりごとです)

 

ではいま現在のこと、つまりやもめの話に戻します。

 

若すぎたのかどうかはわからない、世間では「若すぎだ。悲劇だ。可哀想だ」って言うんだけど…

どうなのだろう?

確かに40代の前半よりは人並みの平均寿命を全うできて80代、90代まで夫婦で生きていられたら、きっと楽しかったに違いないとは思うし、なんで自分には叶わなかったのか?なんて嘆いていた時期もある。

 

でも、結局は終わったこと。

 

「なんで、なんで、どうして? 俺が悪いのか? 何が悪かったんだ、なんの罰だよ」ってことだ。

夫婦の一方を亡くし一人遺されたものの疑問だ。この疑問をそのまま何年も何十年も、もしかしたら自分の番が来て死ぬまででも思い続けるかも知れない思いだろう。と筆者はおもうのだ。

「送る」という行為に後悔は付き物なのかもしれないけれど

できるだけ、できうる限り、人智の及ぶ限り、先に逝くあの人に思い出を残してやりたい。

 

本当はその記憶、思い出さえも消えてなくなるだけかもしらないが、

それでも百も承知の上で、

それこそ意識が消えるその瞬間まで「楽しかった」という思い、でいてほしい。

その走馬灯の最後に旅の思い出がチラッとでも流れたらそれで良い。

 

Moaiはそう考えたのですね。

 

だから、いま執筆中の「最期の旅」も、

もしかしたら旅先で死ぬかもしれないにも関わらず強行したし、できてたのです。

 

たぶん命だけを温存することを選んでいたら、

大きな大きな後悔がずっと何年も何十年も付きまとったことでしょう。

 

他の生き残る人(遺族)の後悔もできる限り減らしてあげることも、人生のパートナーであった(言い方変ですけど)一種、やもめの先輩の役割なんじゃないですかね。

 

 

独り取り残されるということ

同時にだがこの世代で独りに戻る、言ってみれば独身に戻るということはどういうことだ? などと考える。

もし人並みに生きるのであれば、ちょうど人生の半分をきたところ子供だってまだいる。4人だぞ! 娘ばっかりだぞ! 子沢山なんだぞ!

 

一番下は小3だぞ!

あと10年は必要とされるだろうに、どうしろというのだ? 

 

神様仏様に尋ねたい、もう拘束して監禁して詰問でも尋問でも仕掛けたいくらいの大疑問だ。

 

「俺にどうしろと言うのだ?」

応えはない。

 

だから自分で自ら考え出すしかないのだな。

 

納得のいく答えを自分の中から引きずり出すのだ。時間がかかるだろうが、かかってでもやらないでは済まされなくて・・・

 

それが死別をするということなのだ。

人はなにかに縋る(すがる)

 

そんなときに人はなにか縋る。

 

神様仏様、宗教にしがみつくのがもっとも早道だろうけれど、そのものに疑問をもってしまったものは、自分で探すしかないのだ。

 

だからこのブログができたのかもしれない。

 

いってみれば筆者はこのブログに縋っている、と言える。

 

そのための「やもめの心話」であって、よくよく考えてみれば誰かのために書いているわけではなく、どうやら自分のために、自らの納得のために書いていたように思う。

そう思いついたら気持ちが楽になってもっと書けるようになった。

つらつらと フケるやもめの 往ける路

思い出しました。

以前のブログ名です。「フケる」にはいくつかの意味が込められていてGoogleで「フケる」検索をしてみると良い。それぞれのやもめ道の何段目にいるのかがわかるだろう(半分冗談だけど・・・)最近は「耽る」から「更ける」になってきたように感じて、こんな記事を書く気になったのである。

少し怖いものが減ったようだ。

彼女の生前、特に闘病中のこと、怖いもの、注意すべきもの警戒すべきものから娘たちとともに彼女を護る。そんな意識にばかり囚われていたように思う。

 

夫と妻の関係ではなく保護者と非保護者のような関係に変わるのです。

子供がもう一人増えたようなもので私がいなければ…そういう心境で「必死」という言葉の意味通りの年月だった。

 

亡くなってからは遺された子供たちを今度は独りで守らなければいけないと、相談する相手ももうこの世にいないのだからとシャカリキになっていたようにも思う。

 

そんななかで、不思議なことがいくつか起こったりして「なんだろうなぁ?」と感じるようなこともあったり、怖いとかっていうよりも、「もっときてくれ」と望んだりもしました。

 

で、もともとSFとかは大好きだけど、

スピリチュアルって言葉は、なにか弱っている人の心を煽っているだけで救っているか? 

などとも疑問を持っていますけれど、

それでも「どうもこの世にはなにかあるのかも」と思うようになったのもこの頃だったように思います。

 

 

それでいて実生活では、空回りするばっかりで、事は上手く行かず・・・死別離婚とか、いろいろ有りました。(そういうのも書いていきたい)

 

で、

彼女たちが大人になって巣立っていってとうとう本当に独りになったことで、

「それほど必死にならなくても良かったかも・・・」と初めて理解できてきて、祭りのあとのような気分になったりして・・・怖いものもなくなっていく感覚というか。

 

しかし、そういう守るべきものが少なくなってきたのも原因の一つだろうけれど、

なにかこう開放感のようなものを感じるようになったのは数年後のことで、

子どもたちが全員家からいなくなってから、、、

 

言い方は色々あるけれど、どうでも良くなったのかも知れないなぁ・・・?

 

なにかこう人として坂を転がり落ちる典型のような数年でもあったのかもしれない。

最後は「いまやもめもやまい」(回分)になった。

 

怖いものがなくなった経緯。

つまりは一つの思想ブログだったなぁ…

そんな日々を送ってからと言うもの、悟ったとかそういうことではないのだけれど、怖いものがなくなった。というより、人間ってこれでいいんじゃないかなぁ? ってね、思うようになったんです。

で、このブログには何を書いていこうか?とずっとブレブレだった内容も少しは統一できるかな・・・と。

 

ざっくばらんにあっけらかん、と書いていきたい。

そんな切りの良い時期だから書くことにしたのです。

 

最後は何を書いているのかわからない読みにくいなぁと思いつつまずは書ききってしまおう。

またおいおいたま~に書き足していこう。

ではまた。

 

追記です「すこし旅にでます」が、たぶんきっとおそらくまた帰る。

原点のようなところですからね。たまに戻りたくなるし一番素直に書けるブログでもありますからね。(さんざん雑記的なことを書いていたのが証明ですね)

 

誰でも、どなたでも、いつか、やもめという立場からさえも離れる時が来ると思うのです。

 

「私はやもめ、未亡人」ではなく「私は一人の独身者、シングルマザー、ファザー」というふうになって、やもめという言葉が面映いような気になってきて、なにか「やもめ、未亡人」ということばで同情もされたくないよ。

という気分?

 

 

このブログ、雑記ブログのように書き続けて日常の思ったことまで書き殴っていたことを少し、恥ずかしくなりました。

ここは成りたてやもめの初心者さんから、一人の独身者として生きていくやもめからの脱却までのブログにしようと思っていたのにもう好き勝手に書いてきちゃって…。

これからは他のところに書きますね。

ここはたまに直しに来ます。

誤字脱字、訂正、追記できます。

 

よって、どうでも良い雑記記事を削除して、死別のやもめさんにとって本当に役に立つかもしれない記事だけにしました。

 

 

Moaiももう歳であります。ハイ。

残り少ないかも知れない年月を孫や身近な人々とともに面白楽しく生きていきたいので、

今後このブログは死別のやもめさんに役に立ちそうな記事だけを残し、

更新追加は思いついたときにだけ、あとで読み返してみて「あ、これ文章おかしい」とか「字がちがう」というところを追加訂正することにいたします。

(めったに来ないですが、たまにはどうしても溜まりに溜まったやもめのMoaiに戻るかも…布石ですw)

 

たまに書くのですが、

「今までと同じことを続けて違う結果を期待することを狂気という」

正確ではないですが、どなたの言葉であったか忘れました。曖昧記憶ですとアインシュタインだったかな・・・

ちょっと新しいことを始めます。

 

 

そんな心境になったMoaiは

・・・気が変わりまして、こっちを新生して造ることにしました。

 

その後の話も

これはきっと死別の第4段階くらいのレベルにならないと、成り立てやもめさんには、、、とてもじゃないけれど理解できませんでしょうね。
(叱られるか憎まれるかな? まぁ、怖いもの無いので、、、)

 

一人暮らしになった中高年がこれからどう面白がって生(活)きていけるか?
好き勝手書いていきます。

 

中高年や熟年世代(私と同年代)を対象にして、人生の後半戦を独りでも面白楽しく生きる方法など、筆者が知っていること。

 

または、日頃から興味をもち余生の趣味にでもしたいくらいの事柄について、同じ関心のある人が一つの指標にできるような「死別のやもめ第4段階の情報」を発信していこうかと思います。

 

 

じゃ!

なんてな!

(このセリフ好きなんで・・・長さんも)

 

戻りました。それとこのブログ大幅に変更します。

追記:どうにもまとめるのが苦手なMoaiもようやく思いつきまして、ここも新生に近いリニューアルするんだぁ

ここのところ、なにか啓示のような思いつきがこんな深夜にポンポンでてきましてその都度飛び起きてメモってきたのですが、ついさっき最後の啓示で完成したようで、神様がいるといないとかではなく、ずっと考えているとアンテナのようなものがキャッチしてくれるのでしょうね。

ということで、「しばらく、戻りません・・・」などと言っていた奴が戻ってきました。

始めます。

本当に大幅変更です。

少しは見やすくなるだろう・・・とワクワクで始めます。