大切だった人がいなくなって苦しくって辛い時には・・・

第1段階《奈落》やもめの心話(死別直後~三回忌)

もう自分の命と引き替えにしてでも助けて欲しい、と神にも仏にも必死で祈ったのではないか?

そこまでしても叶わなかった願いは心に何らかの傷をつけるのだろう。

と私は思うのだ。


何年も何年も、死生観に疑問を抱き続ける人もいるだろう。

いつまでも芽生えてしまった罪悪感を遠ざけることに苦労している人もいるだろう。




そこから脱出する一つの方法はね。

「あなたの心の中に彼(彼女)を住まわせることだ」

毎日、会話をするのさ。

毎日毎日、噺家ているうちに「あの人だったらこう応えるだろう」と思えるようになる。

そのうち、会話になってくる。

物理的な寂しさは残るだろうけれど、心のほうは少しは楽になるしその辺から


「寂寥感や罪悪感しか持てないやもめからの脱出が始まる」


その瞬間がはっきり知覚するわけではあいのですが、なんとなくいつのまにか・・・なんですね。

と《やもめのモアイ》はそう思います。

このブログが初めての方へ

ここは、40歳前半で大切なパートナーとの死別を余儀なくされたやもめのMoaiが 一度は沈んだ沼の底、ほんとうにすべてを無くしました。正直を言いますと「すべて自分で捨てたんです」(そのうちこのブログのどこかで書きます)

それでも、ゆっくりじっくりでもあきらめないで浮上すること。たとえ何歳でも、です。

で、今の管理人Moaiがいるわけです。

 

大切なことはそれは故人があなたに切に望んでいることではないでしょうか

 

あの人がもういない世の中、面白くもなき世の中を、希望を持って、または面白がって楽しんで歩き始めることをあの人が望んいるのです。

そんな筆者の方法、ヒントを読者さんに、、、

 

少しは寡婦寡夫さんのお役に立つかも・・・というか当人の気持ちを一度は体験したであろう者として、今度は少し助ける側に立とうかな、そしたらちょっと嬉しいから、、、そんなブログです。《筆者:死別やもめのMoai》

第1段階《奈落》やもめの心話(死別直後~三回忌)
つれづれに やもめのまんま つらつらと