死別後に手に入れるもの

死別、それはもの凄く悲しいこと。

本当に魂の半分くらいを持っていかれてしまったような心境になる。

人によっては魂が割れる音を聞いたように感じられるくらいの痛み?

パキッ!! ってな

「あぁ、これが身体が引き裂かれるような痛みなのかもしれない」

そんな感覚になり、その後の数年間、頭から離れないような痛みかもしれない。

「PTSD」だったかな。病名もついているくらいだ。

問題なのは頭から離れないこと、通常であれば脳が上手に対処して忘れ去ってしまうようなことができないくらいにその人の人生に傷?を残してしまうことだろう。

それほどのことを、「心が強い」とか「弱い」などという言葉で片づけてしまってはいけないし、本人もそんな自己評価をしてはいけない。

筆者はそう思う。

何年でも待つ。

「そうか、それでいいんだ」と納得できるまで待つ。

時間が解決してくれる。ということもたしかにあるだろう。

一時的な機能不全に陥っていた脳みそが復活し心の修繕を開始するまで耐えて待つ。

それでもいいのだ。

そうじゃなければ、確かにキツイことだけれども、考え続ける。

どこまで行けるか?

考え続けること。

かえって遠回りになる場合もあるのだろう。

その当時は宗教というものに疑いを持っていた。葬儀の終了後にきいたお寺の一言。

だから、頼ろうとは思わなくて、なにか縋ろうなんてとんでもない心境でもあったから逆に避けていた。だから時間も人より余計にかかったのかもしれない。でもそれでいい。

その後に手に入れるものが大きいのかもしれない。

ある小説の表現が好きだ。

「草木1本もない乾ききってひび割れた大地にある日突然、水があふれ出す」

この光景を頭に描いてみると自分のときがそうだった。水が乾いた土に浸透していくように染み込んできて、「あ~もういいんだな」と納得がいったのだ。

なにかを手に入れたのだろう。

心持ちがまったく変わった。

あなたもきっと大丈夫。

ではまた。

このブログでは確信めいたことは書かない、書けない。

提案しかできない。

こうしなさい、ああしなさい。などと指示はできない。

なぜなら、その瞬間はその人だけのものだから・・・

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする