ここに書かれていること

ここに書かれている記事の内容は世間様の話題に対して筆者《やもめのモアイ》個人意見の範疇で書いております。

あくまでも、世間という大河に投じられた一つの小石の波紋に対して筆者が感じたことを「歯に衣着せぬ」心の声を書き殴っている記事、とお考え下さい。

《やもめのモアイ》は、男未亡人、寡夫として世の中を斜に構えて視ている者であります。あくまでも参考までに、妻を亡くした変な奴の妄言とご了解くださいませね。

けっこう常識という枠組みは幻想だったことに気が付く

死別後に人生を振り返ることが多くなって、「なんだかなぁ」って感じることも増えてきて、やもめになりたての時期というのは、自分の中の人生の常識のようなものを一旦壊し切って再構築していく過程だったような気もしている。

どうでもいいようなことを、夫として、妻として、子供の親として、「こうあるべき、こうでなくてはいけない」というような他の人から教わった常識に囚われていたように思うことが多くて、そうじゃないんだよ。

教わった常識を自分の中で咀嚼して反芻して自分のものにしていかなくてはいけなかったことをやらなかった。

今になって慌てて集中して書き換えているような思いになったことがあって、けっこう楽しかったりする。

でも、それを彼女がまだ生きているうちに出来なかったことをちょっと悔いたりもする。それができていれば彼女ももっと楽しかったんじゃないか? もしかしたら死ななかったかも?

なんてことを考えてしまうのも、やもめの宿命なのかもね。

そんな思いがあったりして、ここのブログは独立して運営している理由かもしれない。

癌という病気、配偶者の死別、その後生き方、もしかしたら再婚? こんなふうに4段階に分かれているのだよ。モアイのブログはね。徐々に元気になっていくんだな。。。

ではまた。

なんで?を見つけることができた本

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。

その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。

その他の死別の本

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