【やもめの罪悪感と後悔と、その解決方法】「あの治療法は間違っていたの?」「私といなければ、まだ生きていたのでは?」

夫婦死別を心の段階考察

おそらく、誰でも、必ずと言っても良いくらいに大切な人との死別を体験したあとに抱く思いではないでしょうか?

 

思うに、病没した故人の遺された配偶者や家族と戦場からの帰還兵が発症する〈PTSD〉という病とは同程度の疾患なのではないか、または専門ではないから分からないけれど〈PTSD〉そのものなのかも知れない。

遺された夫婦の一方にとっての心の傷は深く、癒やされ回復するまでは相当の時間が必要なのだ。と筆者は考えます。

 

結論から言いますと、言ってみれば無駄な思いです。

他者から見れば長い時間を無駄に過ごしているのかも知れません。なにもそこまで深く考え込まなくても・・・もういないんだし、、、そう考えがち。

 

しかし何年も考え続けた先に見えるものもあるのだと思うのです。いや、人によって時間のかけ方、かかり方は個人差があるのでしょう。筆者の場合はそこの立ち位置に辿りつくまでに必要な時間だったのだろうと納得しています。

 

いま思うには「あのときに病院にいって診察してもらっていたら何らかの病名はつけられたのだろう?」と思われ、勝手に想像するに〈やもめのMoai〉だけではなく他の人も個人差はあるにしても同じような思いにとらわれているはず。 このどうしようもない過去系の罪悪感というものを取り上げていきます。

ひとつの一里塚のようなものでやもめになった人は誰しも通る道で同じくひとつの区切りとして心の後片付けが必要なのです。でもその片付けを始めるのに時間やキッカケが必要だったり個人差もあって、《やもめのMoai》のように何年もかかったりもするので、早いとか、遅いとか関係なくて、その人には必要な期間だったのです。筆者はそう思うのです。

 

で!

最近、心話を書いていないなぁ、と思いまして、じゃぁちょっと久しぶりに大作でも⁉

〈やもめの罪悪感その1〉そもそも私と出会っていなければ・・・

そもそもあのときに出会っていなければ・・・そんな思いに駆られます。

別な人生があったのでは? という疑問、猜疑心に駆られるのです。

もしも、たられば、を繰り返しても仕方がないのにやめられない

そんなことを考え出したりしたらあらゆることで、たられば思考になってしまう。

何年も何年も・・・

 

〈やもめの罪悪感その2〉:「私だけ生き残ってしまって申し訳ない」

戦場の兵士のPTSDはこの思いが強いらしいです。

仕方のないこと、ですし誰にもコントロールができないことなのに「自分だったら」と考えてしまいがちです。

典型的なPTSDなのですね。

闘病中というのは病人と看病人とは一種戦友のような関係になるものですから、その戦友が死んでしまったときの喪失感は戦場と変わらない。

《やもめのMoai》は本気で神仏に祈ってまして、「私の人生の残りを半分にして彼女にあげて欲しい、と奇跡を願っていました。

〈やもめの罪悪感その3〉最期の病気療養中についての後悔と罪悪感と

たぶん、「あ~それ私も考えた」というやもめさんも多いのでは?

前後が過去から直近の過去に遡ってくるものです。

「選んだ治療法は間違いだったのではないか」

だから彼女は苦しんだのかもしれなないなぁ。

 

ただ彼女の職業は看護師だったもので、医療というものを全面的に信頼していました。

いま思うには「末期癌で余命6ヶ月」余命宣告を受けて、ステージ4なのでもう全身に広まっているので手術もできない。と知っていたいたにも関わらず、抗がん剤治療を望みました。

 

当時の夫は癌というものの知識も乏しくて、「なんとなく抗がん剤に期待をしていましたが、結果として効力があって少しは余命を伸ばしたのか? 

 

それとも彼女の気力が伸ばしたのかわかりません。

 

癌の末期は担当医師が短めの余命を宣告するものだとは思いつかなくて、治療で伸びたのか?と 疑いを持ちながらもまぁありがたがっていましたよ。

 

もっと他の治療法を探せなかったのか?

当時はインターネットもまだ発達していませんでしたから、それほどの情報は見つけられませんでした。

 

これもひとつの現象ですけれど、現在では様々な治療情報が溢れていますけれど、それがために悲劇な病死というものも溢れています。もしもっと早く治療を始めていればあの女優さんはまだ生きていたとか・・・間違った治療法だった。と生き残った家族がネットで叩かれる・・・なんかちょっと違うのです。

 

それについてもちょっと言いたいことがありますので今後書くつもり、最下段にリンクを貼っておきます。

いまはちょっと違う考えですが・・・あの人の死期が近づいてきたなら・・・

〈やもめの罪悪感その4〉なぜもっと、、、

とても悩んだのは月日がたつごとに彼女の体調がどんどん悪くなり抗がん剤の投与期間にはもう明日死ぬんじゃないかってくらい見た目にも衰弱していったことです。

そうなると、治るとかなんとか言っていられなくなって治ってほしいと思いつつも「いつまで持つのか・・・?」という相反する気持ちを抱えるようになりました。

ほんとうに、あの看病で良かったのだろうか?

1年と3ヶ月の間ほぼ毎日病院に行きましたし、医師がなにを食べても良いと言っていたものですから、毎日なにかを作っていきましたね。たぶん医師はもう末期だからなにを食べさせても良い、としたのでしょうし患者本人も食べたいというものですから、本当に毎日作っていったものでした。

 

できるだけのことはやっているのに疑問が頭から離れない。

なにか足りないものは、、、なにかないか? きっと足りなかったと思いたい自分

いま現在、様々に悩みつつ考え続けたいまでは不足していたものはそれほどないのでは? と思いますが当時は「もっと何かできたはず!」という思いが強かったからそう思い込みたかったのでしょう。

彼女と歩んできた時間の中で、全部してあげられただろうか? 彼女は満足だっただろうか

で、実際には私と結婚した彼女は幸せだったのだろうか?そういう疑問まで

これも、、、ない。

結論として過去は変えられないので無駄な考えなのです。

でも、考えてしまうのですね。

まぁ、あなたがどんなに後悔しようとも、地球は回っているし開店と同時に時間も進むのです。あとは、そうですね量子力学ででも過去への旅が確立されないとですね・・・

 

「私と結婚したことが間違いで、彼女はまだ生きていられたのではないか?」

「私と結婚しなければ彼女は癌になんてならなかったのでは?」から始まって誰か他の人と出会う事ができていたら彼女はまだ生きていてもっと楽しい家庭を築いて幸せな人生を過ごしていたのかも?

子供を作りすぎたかな

個人的な話ではありますが、子沢山です。人の倍から今なら3倍位の子供がいます。

最後の子は彼女も悩んでいました「本当に良いのだろうか?」って、夫としては「大丈夫! なんとかなる!」と応えましたけれど正しかったのだろうか?

身体に変な負担が罹っていたのではないだろうか、なんて考えるのです。

彼女、こんな事を言っていました

もしも将来孫ができたら、たくさん甘えさせてやるんだ。

で、その孫の親が教育上よくないからあんまり甘くしないで!! と注意されたなら、、、

子供の教育は親の責任

と突っ返してもっと甘くしてやる。との賜っていました。

それからまもなくでしたね。孫の顔を見ることはありませんでした。

 

 

 

では、最後にそんな罪悪感を解決するための考え方に入っていきましょう

 

〈やもめの罪悪感〉を解決する方法

罪悪感を解決するには、

解決できない事柄ばかりに執着している自分を見出すことなんじゃないかと・・・

人それぞれ自分の命に責任を持って生きるべきなのですね。そんな話はもう少し下のほうで、、、

【罪悪感1】別な人生を彼女は望んでいなかった

本当は簡単なことなんです。

そもそも結婚を決断したのは彼女であり私なのです。

強制されたわけでもなく互いの選択肢で結婚に至ったわけですから後悔なんてないのです。

私にとっては最高の妻でありましたし、私の子供をたくさん生んでくれた妻です。後悔なんてないのです。

ないはずです。 ないことにして良いのです。確かめようがないことを思い悩んでも仕方がない。いつか自分が死んで会えたとしたらそのときに聞いてみれば良いです。

 

確かに死去までの1年3ヶ月は辛い時期ではありましたが、そのときに気がついたことは、人間、必死になったら何でもできる。ということ当時はたぶん睡眠時間は3時間程度だったと思いますがまったく眠いとか疲れたという感覚はありませんでした。

また、やって当然、妻の命が懸かっているんだ。

ですから、後悔をするとしたら「生前にしてあげられなかったこと」を考えついたときですね。

 

【罪悪感2】生き残ってしまったことについて

仕方ないことなんです。考えてみれば誰だってわかること!

でも心の中のどこかで申し訳なくて代わりになってやりたくて、でもだめで・・・

どこかで納得するしかないので、妥協でもよいです。できることとできないこと、自分は無力だった。と妥協するしかないのです。

【罪悪感3】治療方法を選択するのは誰か?

患者本人です。

これはいろいろな場面で言っていますが病人の患者本人が自分の命をかけて選択することで、家族や関係のない他者がひとつの意見を述べるのはまだ良いのですが何だのカンダのと薦めてはいけないのです。これは絶対ではないでしょうか

たまに話題になりますが有名な人が民間療法に頼ってもうまくいかなくてなくなったりすると、ネット上では誹謗中傷がワッとでてきますが、あれも患者本人が選んだ治療ならばなにも言うべきではない。と《やもめのMoai》は考えております。

 

もし自分が患者の立場で亡くなったのであれば、遺族に変な罵倒をしないでくれ、と化けて出てやろうかと思うくらいです。

私の判断でしたこと。

知らないくせに黙ってろ!!

という話。

【罪悪感4】してあげられなかったことへの後悔

二人の夢だったり「いつかやろうね」「いこうね」と軽い約束だったとしても、きっとずっと思い出すのだろうと思います。

でももう遅いのです。

もし、その後悔が残っているのであれば仕方がありません墓まで持っていく覚悟を決めるのですね。

「オーロラを見てみたい」と言っておりました。

うちの嫁はオーロラをみたいと元気な頃から言っておりました。それを思い出しましてね、必死にけっこう本気で検討したのですが、流石にいまの病気を発症し治療をしている体調では難しい。行けませんでした。

で、彼女なりに考えたのでしょう。国内だったら・・・と最期の日本旅になるわけで、国内ですが彼女の思い出にはなったはず、死去の3ヶ月前でした。

これもそのううち書きますね、当時、書いたのがあるのですが・・・誤字脱字が多くて、、、

 

あとは孫が生まれたら、、、というやつで、こればっかりは時間が足りませんから私が見て、体験していつかあの世で話してやろうかな。と思っとります。

 

それだけではない罪悪感に苛まれる人々

もっと大きな罪悪感が残る可能性があります。

実際に行動しなかった罪悪感です。

逃げた罪悪感。

これは多分、《やもめのMoai》が思うにもっと、もっと重症なのでは? と思っております。

ひとつ思いつくのは、彼女もしくは彼が死に至る病を患ったときに別れた人、恋人同士であったけれど、面倒を看きれない人が別離を選ぶ、結婚相手で妻や夫の立場であるにも関わらず離婚して逃げ出した。離婚することによって治療に専念しやすい、なにか法的な有利を勝ち取るためだとしてもやはり罪悪感という後悔の念は強く強く遺るのではないでしょうか?

 

ただし、全然まったく平気な人もいるでしょう。ここを読んでくれている人にはいないでしょうけれど上記のようなことがあっても、その後の人生になんら影響も心に遺ることもなかったという鉄人だったらここを読むことはないのでしょうね。

 

お話は、いまはこれまで! です。

まぁ、ですよ。 

 

生き残ってしまった我々やもめにも、いや、やもめだからこそ、あの人の分も幸せに楽しく面白がって人生を生き抜く責任があるのではないでしょうか?

いま私はそう思うのです。ですからやもめではなく、一人の独身男に戻りましてヒトリミ中高熟年になっていろいろやっていきたいなってブログを創り運営を始めたところです。