変わりたくないのは自分、過去のせいにしているかもよ。

ついつい最近になってアドラーという人を知りましたよ。

のめり込んでしまった。

なんでかっていうと、今まで少しずつ少しずつ亀の歩みで整理していたこと、「こうなんじゃないかな?」と考えてきて、「自分はそれで良いんだ」と納得していたことが、いくつか合致することに気が付いた。

で、のめり込んでしまいました。

先人の知恵というのは素晴らしいな。

そう思った次第でございます。

過去の解釈。

自分がそうしたくないから理由をつけている。

死別をした当初数年かな。故人との果てしない会話をするんだよね。

まるで生きていて目の前にいるかの如く「あいつだったら・・・」ってね。

自分が抱えてしまった疑問だったりときには疑惑だったり、怒りだったりも含めて話すんだよね。人によっては仏壇の前だっりするでしょ?

そのうちに気が付くのは、「いつのまにか自分と対話している」ってね。

自分なんだよ。

よく過去を引きづって、っていうけれど、

それ、

1回切らないと分からないんだね。

「いったん終了!!!」バンバンって机叩いてね「判決!」ってね。

それからだったなぁ、自分はね。

だから、アドラーさんの心理学に嵌まってみて、「なんだよ、もっと早く見つけりゃよかった」

でも、まぁいいか、

それだけの時が自分には必要だったんだ。とそれも納得している。

アドラーさん読むといいよ。

たぶんしばらく嵌まる。

一旦嵌まるとその人が書いたもの関連まであさるからね。

小説もそうだよ。面白くて面白くて読みまくっているうちに、絶版とかでてきて「著者夭折のためここまで」みたいな1行が出てきてがっかりしたりするんだよね。

「え~~~~結末は???ってね」

一番強烈に思うのは隆慶一郎という作家さんの「死ぬことと見つけたり」って小説でね。。。

葉隠ってあるでしょ、武士の生きざま死にざまを解説しているような書があってね。そこから入っているようなストーリーなんだけどね。

最後がわからないのさ、あの世に行ったら探し出してお聞かせ願いたい。

でも、こういう学問?学習?的な本なら大丈夫だね。

よろしくアドラーさん

ってことだね。

きっと嵌まる。

最後の1冊まで止まらない。

なぜ死別したのか?

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。 その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。 その他の死別の本

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする