孤独死という自然死

「孤独死が怖い」と言う。

家族に看取ってほしい。

そう期待する状況が来るかどうかはその人の生き方の集大成なのだ。

望んでいることが叶えられないのは本人の生きざまの結果かもしれないよ。

要するに《因果応報》なんだよ。

そう納得すればあとは楽だろうに・・・

いいじゃんか、自分の生きてきた道の突き当りに《孤独死》というものが待っていただけの話。

孤独死を恐れるのは、いまを元気に生きている我々。

孤独死を哀れ、と感じるのも我々だ。

ただ、孤独死の結果、数日から数か月も放っておくことで我が遺体の処理で顔を背けながら片付けに迷惑がかかることだけが気がかりだ。

孤独死は自然死だ。

ただ医者の管理のもとに死んでいくわけではないから事件性を調べるられるとこになるだけの話。

と《やもめのモアイ》は思うのです。

ではまた

《あとがき》

妻を看取って、自分も病と付き合うようになって、それなりの年齢になってくると当然に考えるようになること。

病は警告、なんですよ。わざわざ教えてくれているんですね。そういうことも書いていかないとね。ちょっとサボっているな。

そう思うとね、ここ十数年で獲得したことは、私の人生でもっとも大きなことだったんじゃないか?そう思えるようになってきたんです。

これ読んでそう思ったのさ。

なんとなくそうじゃないか? と思っていたことを確認できた。

こういう話というのはそれこそ死が近い人が書くことで理解しやすい。
モアイはまだ若いと思うっているので書けないよ。

良い本だ。

だからこそ、いまを楽しまなければ!