亡くしたあと数年間はやもめが考え続けてしまう解けない疑問を説いていく

おそらく、ここを読んでいる読者が、死別者であるならば、大切な人を亡くした人ならばたぶん、考え続けることをこのページに書き綴っていく。

永い話になるので、都合の良いときにでも追記を読んでいただければよろしいかと。

なんで死んだんだ?

ずっと残る疑問だ。

分かっているさ、津波で遺体もあがらない人々からすれば幸いなことなのかもしれない。

それはそうなのだ。

ちゃんと目の前で見送ったのだよ。

「でも、なんでだ?」

この疑問が消えない遺族は多いことだろう。

神様がいて呼ばれたのか?

それとも寿命なのか?

本当に病気のせいなのか?

もしかしたら自分の所為なのか?

そうして理由を探し続けるのだ。

一つ言っておきたい。

このたくさん残ってしまった疑問の応えを見つけなくてもいい。

でも、筆者の場合、見つけられたんだろう。と感じている。

あいまいな言い方なのだけど、誰にも確固とした答えは得られないのだ。

しかし「あぁ、こういうことか」

と納得することまではできる。

その納得が得られたときに新しい世界が開けるのだと私は思うのだ。

この世を去っていく人の理。

遺される人の意味。

それがたとえ亀の歩みだとしても、ここに記していきたい。

筆者はそう思う。

では、また続きはここに書く。

これ最近、筆者が興味を持っている方。

木内鶴彦氏

なぜ死別したのか?

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。 その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。 その他の死別の本

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