険しい顔は、いつかは止めようね。良いことないし・・・木蘭の涙を聴き倒す。

何年かたってから気が付いたことなんだけど、「俺って、こんなに険しい顔をしていたっけ?」って気が付いたのさ。

もうちょっと穏やかな顔だったような気がしてね。

鏡の前でいろいろ表情を変えてみる。

気を付けるようにしてみたけれど、ふと気が付くと、険しい。

死別のあとっていつの間にか顔が険しくなってしまう。そんなつもりがなくても、遺ってしまった気持ちを整理して納得するまで直らない。ならばそのままでも良いから、いつか直るさ。気楽に考えておきましょう。

当時の自分だったら仕方がないのかもしれないけれど、「まぁ、そういうもんかもしれない」

顔はその人の気分だったり気持ちだったりを表す窓なんだから、この気持ちの方から変えていかないとダメなんだね。

気持ちや気分次第なんだって、突き放すというか手放してやって、いろんなことに納得がいくようになってからかな。顔の筋肉が良いようになってきているみたいで、誰かとあったり、それこそ、女性と話してみたり、デートでもしてみることでやっと表情も戻ったかな?って思えるようになってきた。

まぁ、女性とデートをする気になった。ってことはかなり楽になってきた証拠だと思う。

だから、時間が解決してくれるよ。というのは本当だと思うよ。

その時間がたつまで、そうだなフキノトウみたいにさ、春、暖かくなるまで雪の下、少しは暖かいであろう土の中でジッとしている。それが良いと思うよ。

「おれはフキノトウだ!!」

ってね。

「木蘭の涙」って歌あるじゃないですか? あれ聴き倒してましたよ。

焦ることもない、こうでなくてはいけない。なんてこともないよ。

ではまた。

なぜ死別したのか?

なぜか?を見つけた本

死別後というのは、バランスがまったくとれない足場の悪い巨大な《?》という文字のてっぺんに乗っているようなもの、なぜ? なんで? どうして? 疑問ばかりだ。 その疑問、少しずつで良いのでこれからの自分の人生から取っ払っておきたいと思ったときにオススメする。 その他の死別の本

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