訃報が流れて・・・「耐えろ!」彼はしばらくは苦しい時間を過ごすことになるのだろう

こっちで少し書いた。

訃報が流れた。
誰、と名前は言わない。 有名な人であった。美人な人だったね。   旦那は以前なにかバカなことをやって&

この訃報に接して思ったのは、彼はしばらく、後悔と罪悪感の沼に沈むかもしれない。

と思った。

彼ら夫婦の生活は有名人なために、一般人にも流れてくる。

癌は彼女だった。

旦那である彼は、妻である彼女が癌に臥せる前に、よろしくない所業で話題になっていた。

だからこそ、なのだが、それ故に今後、もの凄い後悔と深い罪悪感に苦しむのかもしれない。

そんな風に思うのは、どこか共通するところを感じるからだろう。

そう考えると、人の所業というか業というのは有名人とか吹けば飛ぶような一般人でも変わりないように思う。

もちろん、自分以外の人の心の中を見切ることはできないけれど、私基準で忖度し想像するならば客観的に考えてみれば立場を置き換えてみればそういうこと。

大変だろうけれど、ガンバって・・・言葉として最適でもないけれど、「耐えろ!」というほうが合っているかもしれないな。

それでも生きなくてはいけない。

だからこそ生きなくてはいけない。

彼女が遺してくれたものを護り続けることもその一つ。

そこから、たとえ折れても、割れてしまってもそこから立ち上がっていくしかない。

そういうものだと、筆者モアイは思うのだ。

とりとめもなく、そんな感想だ。

ではまたな。